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Fate 62
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- 2008/06/30(Mon) -
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後始末を終えた指を引き抜き、己の熱く猛った楔を宛がうと、
ユリアスはその存在を知らしめるかのようにゆっくりと挿入していく。 「……んっ、はぁっ…ぁ…あぁ……っ」 待ちわびていたものを与えられ、 感喜に震える唇からは、甘ったる吐息が零れている。 広げられ、押し上げられるような感覚と共に、 肉壁に擦れ合いながら侵入してくる絶対的な量感は、 愛しい人を受け入れたという喜びと、 支配されるという性的満足を与え、甘く痺れるように陶酔させるのだ。 そうして湯殿は、お湯の揺れる水音と二人の荒い吐息で満たされ、 反響する嬌声が艶かしく響き渡っていた。 ゾクゾクと伝い上る快感に背中を震わせる藤也は、 揺さぶられながら、自分も獣のように喘ぎながら無心に腰を揺らしている。 (ひっ…ぁ、も…も、無理――ッ) どうやら、何度も何度も最奥を深く突き込まれ、 その度に先端部分が弱みの快楽スポットを抉るように当たるらしい。 「あ、あっ、あぁっ…駄目ぇ! 嫌ッ、おかしく……なるっ」 強靭な腕で腰を強く引き寄せられて穿たれるのだ。 そうして押し寄せてくる、全身が泡立つような欲望の波に揉まれながら、 譫言のように根を上げる言葉を漏らせば、切羽詰ったその声音に煽られたユリアスが、 「もっと俺に溺れろ」 溺れてしまえ、と言いながらも細い腰をしっかり抱き締め、 力を漲らせている欲望の挿送の勢いを増した瞬間、藤也は果ていた。 けれど、それまでに何度も極みを迎えている藤也の昂ぶりからは、 もう吐き出す精は少なく、じんわりと滲み出す程度である。 甘い倦怠感にみまわれ、うとうと微睡みかけた時、 浴湯にユラユラと浮かぶ薔薇の花びらが、大きな波紋の波に押し流される。 すっかり失った硬度を、 まったりと包み込んで蠕動を続ける秘奥で取り戻したユリアスは、 このままでは湯中りさせてしまう、と肉杭を突き入れたまま、藤也を抱いて立ち上がった。 十分に蕩けきり、緩みを見せているとはいえ、 重力で深々とそのすべてを呑み込ませられたのだから堪らない。 いきなり立ち上がられたその衝撃に、 「うあぁッ、ああぁ――?!」 藤也は悲鳴と共に、咄嗟にギュッと均整のとれた身体にしがみついていた。 けれど、目が眩むほどのあまりにも強烈な快感に、 正気を失いつつあった彼に、 「しっかりと掴まっているがよい」 そう囁いたユリアスは、接合させたまま抱き上げた身悶える様子の愛しい存在に、 うっとりと満ち足りたような笑みを浮かべながら浴槽を後にすると、 控えていた侍女の前に姿を現した。 多分なまでに、情交の姿を見られたくないという藤也の主観は、 既に悦楽の世界に意識を飛ばしてしまっている状態では全く働かないでいる。 そんな色事の最中な姿を前にしても、表情を変えないセシアが、 柔らかな極上の綿織物で滴り落ちる雫をてきぱきと拭い取っていることに、 恍惚として身を委ねている藤也は気づくはずもなかった。 時折抱き直し、刺激を与えるようにして寝台へと向かうのは、 一瞬浮いた身体に付加がかかり、再び肉杭に深く突き刺さることにより、 上げざるを得ない悲鳴にも似た嬌艶な声に、 征服感と所有感に満たされるという牡の本能からだろうか。 そして自身の首にしがみつく、 蠱惑に満ちた妖艶な姿にも扇動させられたユリアスは、 綺麗に整え直された上質の敷布に横たえさせると、欲望に身を任せるのだった。 ◇ ◇ ◇ いつしか、腰を揺するごとに私室に響き渡っていた濡れた音も途絶え、 細かく震えるようにして、最期の精を絞り出したユリアスは、 甘やかせる身体の奥から、自身を漸くゆっくりと引き抜くのだった。 散々貪られてようやく解放され、真っ白な世界に飛び立っている藤也の、 乱れた髪に手を伸ばしたユリアスの傍らに歩み寄る者がいた。 「明朝、全ての手はずが整うとの知らせにございます」 私室の外を警備する女官たちに紛れるようにして控えていたラウルに、 そうか、と短く答えたユリアスは、 「やっとだ。やっとそなたを……」 安らかな寝息を立てている藤也の柔らかな髪を撫でながら、そう呟いていた。 〜To be continued〜 |
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Fate 61
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- 2008/06/27(Fri) -
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果てることのない欲望に困惑しながらも、
尽きぬ、激しい情事を一先ず終えたユリアスは、 ぐったりと弛緩して横たわる甘美な身体をしばらくを抱きしめながら、 その額から瞼、唇や首筋に……やさしいキスを降らせていた。 けれど、いつまでもそうして甘い余韻に浸っていたい自身に溜息をつくと ゆっくりと上体を起こしたユリアスは、 倦怠感に見舞われ、微睡の中にいる藤也を抱き上げたのだった。 寝室の隣に設けられている、 狭いながらも観葉植物などが置かれた白い大理石の浴室は、 吹き抜けの構造になっている。 やさしい月明かりが届くその空間は、心が休まる場所でもあり、 まるでプラネタリウムを見ているかのような、 夜空に浮かぶ数多に輝く満天の星々を見上げながらの入浴は、 藤也のお気に入りの一つでもあった。 (―――熱い……) そう心の中で呟く、 身体の奥を嬲り続ける熱が収まりを見せずにいる藤也の唇に、 柔らかなものが触れた刹那、冷たい水が流れ込んでくる。 官能の喜びに、艶かしい声を上げ続けた所為だろうか。 カラカラに乾き切っている喉は、与えられたものだけでは足りず、 もっともっと、と訴えるようにユリアスの唇に武者振りついていた。 「まだ、欲しいか?」 そう囁いたユリアスは手にしたグラスを呷ると、 半ば意識を朦朧としている藤也の答えを待たずに、再び唇を塞いだ。 ―――そうして、渇きの飢えが満たされ始める頃。 天窓から零れる月の明かりに照らされ、 妖艶な雰囲気を醸し出す藤也の舌先は激しく吸われ、 まるで食べつくさんとばかりに動き回る傍若無人な舌になぞられ、絡め取られていた。 無意識にユリアスの背にしがみつき、 深く濃厚な口づけに、鼻にかかる甘い吐息を漏らしながら、 熱くて甘い、そして激しいキスに酔いしれている口元から唇が離れていくと、 「あ……」 喪失感に、名残り惜しむ吐息が零れ落ちた。 ゆっくりと輪郭をなぞるように動かされた、 互いの交じり合った唾液の密で妖しく輝く唇を拭い取ったユリアスの指先が、 浴湯で濡れた、藤也の木目細かい素肌の上を滑らせて下りていく。 そして双丘に隠れる秘孔に触れた刹那、ビクッと背中が反り、 「……ゃ、いやぁ」 そう拒絶とも取れる柔い声音が藤也の口から漏れるものの、 緩みを見せる窄まりは難なく指を受け入れていた。 秘奥に挿入された長い指の間が広げられ、 (あぁ、うそ! お湯が……入ってきちゃう) やだやだ、と慌てふためき、 体内に流れ込む低めのお湯の違和感に、藤也が抵抗を見せる。 「暴れるな。全部出さないと、後でつらいぞ」 鼓膜に届いたその言葉にカァ…ッ、と一瞬で顔が熱くなる。 確かにその指の動きは、 ユリアスが迸ったモノを掻き出す仕種で、決して淫猥なものではなかった。 けれど先程まで猛々しくそそり立った漲る太い楔で、荒々しく激しいまでに突かれ、 快感を得た藤也のの最奥は、そんな動きにさえ敏感に反応し、 意思とは反対に勝手に蠢いてしまうのだ。 「……ぁ……あぁっ、はぁ……っ」 腰が自然に揺れ、 厭らしくユリアスの指を締めつけているのが自分でもわかる藤也は、 顔を顰め、首を振って耐えようとするが、 沸き起こる甘美な欲望に駆られた衝動には勝てそうにもない。 熟れた秘奥は、貪欲なまでに今すぐにでも繋がりたいと、節度なく訴え続けているのだ。 「っも、もう……いいっっ」 堪らずに、上擦った声で叫ぶ。 「駄目だ、まだ残っている…」 官能的な低く響く声が耳元で囁かれ、 ゾクゾクと駆け上がる興奮に、内部を掻き乱す指をきゅっと締めつけてしまう。 「あ…ぁうっ! いやぁ、助け…て……」 (―――はやく……欲しい。欲しくて堪らない……) じんじんと疼く身体の熱を持て余し、 「ほ、欲……しい……」 どうにも我慢できなくなり、身をくねらせながらそう訴える。 すると、何故か藤也を前にすると扇情させられ、 自分でも呆れるほど歯止めの効かぬ欲情に追い立てられてしまうユリアスは、 不足を満たそうと強く求める双眸を妖しく光らせ、婀娜っぽく微笑んだ。 〜To be continued〜 |
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Fate 60
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- 2008/06/25(Wed) -
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「……ちょ、ユリアス?」
(や、マズイって!マズイでしょ、これ……?!) そう素っ頓狂な声を上げた藤也は、いつになく取り乱さずにはいられなかった。 それもそのはず、 後宮内の一角にある女官長の詰所での一件を落着させ、 残った粗方の用件をムスタファに一任させたユリアスは、何を思ったか。 今まさに、後宮内のメインストリートとも呼ばれている花道を、 堂々と藤也に寄り添いながら歩いている最中なのである。 陽はほぼ沈みかけているとはいうものの、 多くの女官を引き連れての通いは、必然と注目を浴びるらしく、 ほんの数人だったはずの視線も、気づけば群がるような数に膨れ上がっている。 争いごとから離させ、側室たちに余計な刺激を与えないようにと 藤也の安全を第一に考えていたユリアスは、 後宮入りした際には恒例なのだという、お初通いすらしなかったのである。 用心に用心を重ね、真っ黒なものを全身に纏った彼は、 それでも皆が寝静まった更ける深夜まで待ってから藤也の私室を訪れ、 そして黎明を迎え、夜空がうっすらと明るくなりはじめる前に、 ひっそりと私生活の場である正居殿へと戻って行くのが常だったのだ。 それ故、何故なのかと、大きな困惑と戸惑いとで心を乱し、 痛いくらいに突き刺さる視線の山の中心にいる藤也は、 大事にされた、やさしく腰に回されたその腕の温かい感覚さえない。 おそらく数日前なら、 頬を染めながらも、恥ずかしさを訴えるくらいで、 そこまで動揺することはなかったのだろう。 どんなに悪態をつかれようが、後ろ指をさされようが所詮相手はか弱き女性なのだ、 と割り切り、呼吸一つ吐くことで冷静に戻ることが出来ていた彼だったが、 スキャンダラスな事件に巻き込まれ、命を狙われたことにより、 項垂れるような過剰な反応をするのは、当然のことなのかもしれない。 そんな藤也の不安を他所にユリアスは、 それはそれは嬉しそうに微笑みながら歩みを進めるのだった。 ―――そうして、私室の中へと足を踏み入れた大きな窓枠に掛けられた、 コバルトブルー色のクロースが粗風になびいている。 イラスーン王国において王族を表すというその色合いは、 その布が掛けられた私室に国王が滞在しているという証なのである。 それだけでも十分だというのに、通常の訪問時にはないという、 護衛と称して明かりを手にした女官たちが、 私室の出入り口と思われる場所という場所全てに配置されていることから、 もう明日からは平穏な朝を迎えられないのだと、 心中穏やかでない、大きな溜息を漏らす藤也を振り返ったユリアスが、 黒いヴェールを奪い取ると辛そうな表情を見せ、 力強く引き寄せると、ギュッときつく抱きしめたのである。 大好きなお気に入りで、片時も離さずにいたウサギのルビー。 死にかけた、その小動物を思い泣き腫らしたのだと知れるユリアスは、 清らかで、心やさしい藤也を失わずに済んでよかったと痛切に実感した瞬間でもある。 「ちょ、苦しいよ……」 あまりの締めつけに苦痛を訴えるも、 あの恐ろしいまでに冷徹な視線を放ち、威厳があり堂々としていた、 自分を抱きしめている、隆々とついている鍛えられて逞しい屈強の身体が、 細かに震えていることに気づいた藤也は胸がキュンとなり、 逆にギュッとしがみ付いていた。 どのくらいの間、そうしてお互いの温もりを確かめ合っていたのだろうか。 朝からほとんど何も口にしていないというユリアスの為に、 すぐに食事を用意すると開いた口元は、 「……後で構わぬ」 そう告げた熱に孕む、蠱惑に満ちた唇に奪われていた。 交わされたユリアスの熱い口づけは、 匂い立つほどの激しい牡の欲情を明瞭に伝えていく。 そうして、自力で立っていられないほど力が抜けてしまった 身体を抱き留められと、寝台の極上の敷布にそっと降ろされた藤也だったが、 ふと、ほんの少し前のあの痛ましい出来事が目に浮かんでしまい、 「ごめん、そんな雰囲気にはなれない……」 そう口走っていた。 それに、詰所を出る前に、ここのところ忙しくて、 ほとんどまともに休んでいないのだとムスタファが漏らしていたのだ。 そんなユリアスのことを頼まれた身としては、 まずはゆっくり眠って疲れを癒して欲しいと思うものの、 確かに疲れを覚えてはいると認めたユリアスに、 「だからこそ、そなたを感じて満たされたい……」 間近くで、魅せられて離さない、 限りなく深く濃い蒼色の双眼に囚われた彼の心臓は甘美な陶酔に浸り、 トクトクと軽快に音を立てている。 震えがくるほどの精悍な美貌に目を逸らすことができずに、その顔が再び近づく。 そんな雰囲気にはなれないと、漏らした言葉とは裏腹に、 藤也の身体はその先にある、目眩く快楽を得ようと甘く疼き出すのだった。 〜To be continued〜 |
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Fate 59
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- 2008/06/23(Mon) -
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―――バシッ…。
それは、尋常ではない、 震え上がるほどの強い視線が交差する張り詰めた沈黙の中で、 繰り広げられた一刹那の出来事であった。 「無礼者!」 高みから、底冷えのする声音で吐き捨てたヒルダ夫人は、 禍々しく目を細め、不愉快極まり表情をさせると、 自分に差し向けられた、縋る様に小刻みに震え続ける侍女の指先を、 平然と、そして無情なまでに扇子の先で打ち払ったのである。 一瞬、その意味を悟ったかのように虚ろな目を見開かせるも、 それでも額を床に擦りつけて平伏する姿は、あまりにも痛々しいものだった。 自分が生き残るためには、臣下の者ですら当たり前のように切り捨てる…… それがまかり通るこの世界に唖然とする藤也は、 目前で展開する悲惨な光景はもちろん、殺人未遂現場に出会したり、 自身も毒殺のターゲツトにされたりと、そのどれもが現実からはほど遠く、 まるでサスぺンス劇場の洋画版でも見ているかのような気さえしていたのだ。 だが今、現に事実として存在しているこの状況を前に釈然としないものの、 辛辣な面持ちで固唾を呑むしか出来ないことに歯痒く、 そして無念にすら思え、苦々し顔つきで唇を噛み締めていた。 犯行現場近くで姿を見られたとして、 側室の命を狙った侍女には厳しい刑が与えられたのだ。 その本元の皇太子暗殺を画策したとされる疑い極まりない夫人には、 誰もが深く糾弾するであろうと踏むのは当然のことだろう。 けれど意外なことに、ユリアスは追求する手を緩めたのである。 「身に覚えのないという、その方の話を信じるとしよう……」 そう紡いだ裁定を下す言葉は、詰所内に会する一同に驚きを露にさせるものであった。 無罪放免という予想外の結末は、しこりとなって例えようのない苦さが残るものの、 主犯格だと確信している夫人を見逃すつもりなど毛頭ないユリアスが、 あっさりと決っしたのは、偏にまだ幼きヘレナ王女のことを考えたからに過ぎない。 王族と深く繋がりのある者から犯罪者が出ることほど、 王家の誇りを著しく損ねるものはないのだ。 それ相応の大いなる罰を受けさせるべきだとは思うのだが、ここで大事にすれば、 犯罪者の娘として扱われてしまうヘレナは、皇籍を失うことになる。 王として果たした責務から誕生した彼女に対し、父親らしい感情は未だ薄い。 けれど生まれてくる子は親を選べず、 そしてヘレナ自身には罪はないと主観的な価値づけをするユリアスは、 彼女の名誉を傷つけることだけは避けてやりたいと思ったのだ。 そうして疑いを掛けて呼び出した非礼を、夫人に向かって詫びたユリアスだったが、 静か過ぎるその声音は、彼の怒りを克明に伝え、部屋中へと満ちていく。 だが、勝ち誇ったように鼻をツンとさせると湧然と微笑む夫人は、 そのことには全く気づくことはなかった。 「私室にて、陛下が足を運ばれるよう……お待ちしておりますわ」 などとと、まるで何事もなかったかのように言葉を残すと身を翻した夫人の背を、 隠すことなく剣呑な目つきで睨みつけていたユリアスが、 クククッ……と、歪められた口許から不気味な笑いを零したのは、 その姿が映らなくなる頃である。 罪を認めてさえいたならば、ヘレナの手前、命までは奪おうとは思わず、 今まで通りの後宮内での煌びやかな生活をさせていたのにと、 侮蔑に突き放した薄い笑みを浮かべる彼は、 公の場で罰することは控え、その代わりにじわじわと身体を蝕ませる、 けれどそうとは気づかずに確実に死へと導く秘薬を夫人に用いることを選んだのである。 如何なる医師であろうとも、その原因を突き止めることは出来ないその効能は、 年齢を加速させたように肌や髪の艶を失わせていくことである。 ふくよかな肉体は見る見るうちにやつれ、若くして老女のように老けていく様は、 それは間違いなく、見目にこだわり、 派手やかに飾り立てた姿を自負する彼女を屈辱感に浸らせ、苦しませることになるだろう。 そうして恐ろしい薬理作用をもつ劇物で病に臥した彼女は、 ひっそりと後宮内で命の灯火を消すことになるのだ。 「……愚かな女だ」 そう毒する言葉を吐くと指を鳴らし、宦官に扮していたラウルを呼び寄せていた。 〜To be continued〜 |
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Fate 58
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- 2008/06/19(Thu) -
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ヒルダ夫人が姿を現せたのとほぼ同じくして、
ユリアスから身体を離した藤也は、後ずさると部屋の隅まで下がっていた。 事件に巻き込まれ、侍女に命を狙われた当事者としては、 その成り行きの基盤となる原因を作り出したのではないかとされる、 最も疑いの色が濃い人物の出現に驚きながらも、 真実を知ろうと、瞳の奥を探るようにして静観しようとしていたのだった。 詰所が後宮内の一角に建てられているとはいうものの、 如何に夫人であろうと、王の近くへ寄る際に許可が不要となるのは、 私室で迎え入れる時だけなのである。 その為、それほど広くはない室内中ほどで、夫人は歩みを止める。 「ご機嫌麗しゅう」 優雅に挨拶を述べながら、 お手本ともいえるほどの完璧な拝礼は、息を飲む如く華麗なものである。 そうして徐に面をもたげ、刺々しくも口を開く。 「これはこれは、珍しい方々のお集まりですこと」 それからゆっくりと意味有り気に視線を寄こされた、 ゾッと寒気を覚えた藤也の背筋が凍る。 何故か、彼女のその禍々しいような眼差しで囚われると、 まるで蛇に見込まれた蛙のように身がすくんで動けなくなってしまうのだ。 その冷たい視線が逸らされて解放された瞬間、本人も知らぬ間に嘆息が漏れていた。 どうやら、相変わらず慣れる兆しはないようだ。 そんな戸惑ったような藤也の様子を視界の隅で捕らえていたユリアスの感情に、 再び静かなる怒気が宿る。 回りくどいことは言わぬ、と単刀直入に前置きを述べた後、 「ヒルダ、その方……」 そう言葉を掛けられた彼女は、 “そなた”から目下扱いされて呼ばれたことに訝しい表情を見せる一方、 そんなことには全く気に留めることなく一旦ちらりと、 床上で小さく身を丸く縮こまらせている侍女を覗き見たユリアスは、 罪や責任があるとして責めるべく、疑いの言葉を問う。 「そこなる侍女を使い、我が息子・ルキウスを亡き者とせしめ、 その身に新たなる後継者候補を、身篭ろうと策したことに相違ないか?」 核心を突かれたはずなのに、微塵も動揺した様子はなく、余裕すら見せ、 小さいながらもクククッと笑止する声を零す夫人は、 口元を広げた派手やかな扇子で隠すと、 「そのような大それた事、このわたくしが成すとお思いになられるのですか?」 嫣然と微笑み、疑いを持った確たる証拠を見せて欲しい、 と逆に詰め寄ろうとさえするのは、 確たる証拠など存在していないのだと自信を持っているのだろう。 実際、全ては間接推理に基づき、 夫人が限りなく黒いと推し計っているに過ぎないのだ。 (―――やはり、素直には認めぬか) 顎に手を置き、心の中でそう分かりきっていたように呟いた、 ユリアスの後方に控えていた宰相であるムスタファが、 手にしている調書らしき物の紙面を捲りながら、 夫人に言葉を投げ掛けようと口を開く。 「困ったことに、国の中枢を担うはずの元老院の構成員の中に、 個人的に側室各々方の祖国との行き過ぎた関係を持つ者たちがおりまして……」 「行き過ぎた関係?」 幾分目を細めて問う夫人に、 ええ、と相鎚を打ちながらもフッと胡散臭く笑うムスタファは、 担当の国の側室様を有利なように立たせる見返りとして、 彼らは高額な金品等の不正な報酬を受け取っていたのだと漏らす。 つまるところ、賄賂である。 本来、良き国に導く為にと開設されたはずの元老院ではあるが、 王と同等、もしくはそれに近い力を持つ所為なのであろうか。 権力と己のエゴに突き動かされた彼らは一線を越え、 公の地位や立場を利用して私腹をたらふく肥やしていたのである。 自分たちとは比べ物にならないほど歳若い王を前にし、 知る由もないと高を括っていた彼らは、 あえてユリアスが見て見ぬ振りをして来たことにすら、気づくことはなかったのだ。 捕らえる為に泳がされていたと知った時は、 既に言い逃れが出来ないほど私財が豊かに潤っていたのである。 水面下で、側室たちの祖国との癒着を内密に調べさせていた彼が、 集まった証拠や証人を基に、六名もの構成員を捕らえたのは、つい先日のことである。 その数は、元老院の半数近くに上ることから、 解散させる方向を視野に入れているユリアスは、現在、組織を凍結させている。 その中で、既に実行されていたとは露ほども知らぬ、 夫人の祖国であるバティスト王国担当の者が、刑を軽減させる条件で口を割り、 彼女が企てているという暗殺計画の概要と、 母体選びの際には、ヒルダ夫人を後押しするようにと、 内通させていた侍女に告げられていたことを暴露したのである。 その時の大まかな内容を名指しで読み上げたムスタファに対し、 夫人は、この暗殺未遂事件には一切関与してはおらず、 自分の計り知らぬところで持ち上がっている事なのだと、主張するに留まる。 「そのような戯言。 大方、わらわをのことを思う、その侍女が勝手に仕組んだ事なのであろう」 そう語り、閉じた扇子の先を向けられた上に、甚だ迷惑なことだと、 スパッと切り捨てたというのに、それでも仕える主を信じ、犯罪行為に手を染めた侍女は、 恐怖と絶望に戦慄かせている腕を伸ばすと、最後の救いを求めるのだった。 〜To be continued〜 |
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Fate 57
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- 2008/06/16(Mon) -
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命を狙われたのが自分だったと知った時は、
愕然と……いや、そんな簡単な言葉では言い表せないくらいの 大きなショックを受けたのは、忘れはしない。 大切な人を危険な目に遭わされれば、誰だって憤慨するのは当たり前だ。 だからユリアスがこんなにまでも激しく怒り、 躊躇いも見せずに犯人を殺そうとまでしてるのは、俺の為なんだとは思う。 と、坦々と言うと、まるで他人事の様に聞こえるかもしれないが、 俺だって、ユリアスの命が狙われでもしたら間違いなくキレるだろう。 そんな風に思う俺の考えを、綺麗ごとだ、って人は思うかも知れない。 だけど二十世紀生まれの俺としては、 どんな理由があろうと、やっぱり殺人はモラルに反することだと思うし、 正当化はもちろん、容認するわけにも行かないのだ。 ましてや自分の愛している人に殺人などさせたくはない。 ……そう考えを寄せる藤也は、 掴んだユリアスの腕を必至になって抑えようとしていた。 その気にさえなれば、藤也の制止を振り切ることなど、 強靭な肉体と鍛えられた逞しい体格のユリアスにしてみれば、造作もないことなのだ。 だが、一向にそうしようとはしない様子を目に、 ディアナに藤也を連れてくるように命じたことが間違いではなかったと 痛感するムスタファがホッとしたように肩から力を抜くと重たい口を開き、 ユリアスに声を掛けた。 「恐れながら、陛下。 そのくらいで剣をお納めにならないと、マディーナ様のお体に負担が掛かります」 自分たちとは違い、藤也の体躯は、 力を加えれば簡単に壊れてしまいそうなほどに華奢なつくりなのだ。 己の腕にしがみ付く細い腕が、 恐怖とは別にフルフルと小刻みに震え出していることに気づいていたユリアスは、 (そんなことは、お前に言われなくとも分かっておる!) そう心の中で罵るも、己の中にふつふつと煮え立たせている怒りの矛先を失い、 けれど引くに引けなくなった状態をすっかり棚の上に置いた彼は、 こうなると見越して藤也を連れてきたことに、 (余計なことをしてくれたな) とばかり眉間に皺を寄せ、ギロリと鋭い視線でムスタファを睨み上げた。 以外にもあっさりと剣を収めたことに、 身体を小さく丸めるようにして脅えていた侍女は、助かったのだ、 と切実に安堵したその束の間の数秒後。 フンと鼻を鳴らし、極刑に処するのは取り止めてやる、と吐き捨てたユリアスが、 「この者を第一級犯罪者と見なし、ガルド監獄行きとする」 言い放った言葉に、それは間違いだったと再び奈落の底へ突き落とされた彼女は、 苦渋に満ちた顔を呈し、死に物狂いな悲鳴のような声を張り上げて慈悲を請う。 それもそのはず、第一級犯罪者となった咎科人は、 その証として両手の甲と、背中には大きな焼印を押されるのである。 罪人に情けは一切施されないという厳しい掟により、 女だとは言え、焼き付けられる際には、痛みを和らげるものは与えられない。 また、焼かれてただれる傷跡には、治療はもちろん投薬すらなく、 彼らは鎖に繋がれた地下牢で痛みと戦い続けなければならないのだ。 そうして烙印を押されて生死を彷徨い、生き延びた者は監獄へ送られることになる。 それだけでも慄然とするというのに、体力の有り余る男ですら、 灼熱の荒れた地での科せられた重労働に根を上げるという、 最も厳しいガルド監獄へ収容され、彼女は余生を送ることになるのだ。 そんな過酷な運命が待っているということを知らず、 死刑よりも投獄された方が当然刑も軽く、マシだと思っている藤也は、 侍女の慌てふためくその姿に驚きを露にしている中、詰所の扉が開かれた。 その場には似つかわしくないほどに麗麗と着飾ったヒルダ夫人は、 見渡した室内の有り得ない面々を前に、 「……っ!」 声にならない声を漏らし、わずかに片目を細めて反応を見せたものの、 付き人無しという異例の呼び出しに、既に予感もしくは覚悟が出来ていたのか。 はたまた、肝が据わっているのか定かではないが、 只事ならぬ雰囲気に呑まれることなく、中に足を踏み入れると、 床上に蹲る侍女を冷たい眼差しで一瞥する。 〜To be continued〜 |
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Fate 56
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- 2008/06/12(Thu) -
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「お、王子が亡くなれば、ヒルダ様にも再び子を儲ける機会が……あります」
と吃りながら漏らすように話し始めた侍女は、 ルキウスを背後から池へ突き落として立ち去る直後、 その姿を見られてしまった為に、藤也を密かに狙い殺すことを目論んだと打ち明けた。 絶好の時期を伺うも、好都合なことに、 「ルビー」目当てで藤也の元へ通っていることを知った彼女は、 無垢な王女のヘレナを使い、致死量のドクウツギの種を混ぜた菓子を持たせたのだと言う。 そうとは露知らぬ、そんな差し入れを藤也が口にしなかったことに、 嘗て信じたことすらない神にさえ感謝したユリアスは、 今すぐにでも嬲り殺したい衝動をぎりぎりな状態で抑え込んでいた。 一介の侍女が王族の暗殺など企むわけもなく、 背後にいるヒルダが主犯に相違ないと直言的に確信している彼は、 断罪させるべく、その確かなる証言が欲しかったのだ。 けれど、明らかに動揺している様子を垣間見せているというのに、 「全てはわたくしの……一存で致しました」 そう頑なに追求に首を振り続ける姿は、 ユリアスの沸々とさせている怒りの感情を煽らせるものでしかなかった。 「もう、よいッ」 重苦しい溜息を吐き出すとギリリと歯軋りを立て、椅子から立ち上がる。 「ルキウスだけならまだしも……」 けれどポツリと零したそれは、消えそうなほど小さな呟きだった為に、 傍らのムスタファ以外の周囲の者には届かないものだった。 だが、零したことを気に留める様子もなければ、 腰に差している長剣の柄を握りしめたユリアスは嫣然と微笑み、 「貴様は、手を出してはならぬ者に手を出したのだ!」 底冷えのする怒声を上げると鞘から抜き取り、ビュン…と音を立てて空を切る。 只の脅しではないことに、 ゴクリと唾を嚥下した侍女の背筋に冷たい戦慄が走る。 そうしてその鋭く尖った剣先を向けられた彼女は、 「ひいぃぃぃぃ!!」 恐ろしさに耐え切れずに泣き叫ぶが、その悲鳴には無感情なままのユリアスは、 怒涛する激しく打ち寄せる怒りに任せ、剣を振り上げた。 ◇ ◇ ◇ 女官長次官のディアナに、急くように案内された場所は、 国王の私生活の場である正居殿から後宮へと続く細い通路を抜けたすぐ側に建つ、 飾らない、少し古ぼけたような西洋風の建物だった。 「失礼致します。マディーナ様をお連れしました」 ディアナの発した言葉とほぼ同時に、 待機していた女官によって重たそうな扉がゆっくりと開かれる。 (―――ユ、ユリアス!!) けれど開かれた先の目に映った光景に心臓が凍りそうになり、一瞬気が遠くなる。 手にした大きな刀を今にも振り下ろそうとしているユリアスの姿に、 自分でも身体が戦くほど、恐ろしさに怯えているのが分かる。 だが無意識の内に、 「…………………何、で?」 そう呟くのが早いか否や、それでも藤也は鬼のような形相で顔を歪め、 冷たい殺気を放っているユリアスに向かって駆けていた。 緊張した空気が張り詰める中、ガタガタと震える侍女を見下ろし、 「まずは右腕を……」 と狙いを定めた刹那、 バタバタと走り寄る足音と共に、視界の隅に見覚えのある黒いヴェールが映る。 「……何故だ」 幻覚でも見ているのか、と思考が追いつかないままにしがみ付かれた瞬間、 有り得ない温かみにビクッと身体を反応させたユリアスは、 一瞬にして冷たく張り詰めさせていた空気を緩ませる。 剣を下げ、藤也を抱きしめてその肌の温もりを全身で感じ取る。 そうして享受した短い沈黙の後、愛しい存在を真っ直ぐ見据えると、 「この者が仕出かした罪は、万死に値する。それ相応の罰を与えねばならぬ」 極刑は当然だと宣言すると、視線を忌々しそうに侍女へと戻す。 「だが、安心するがいい。簡単には殺しはせぬ」 口角を吊り上げて言い放ったユリアスは、 再び殺気を放ち、黒々としたオーラを纏っている。 薄笑いを漏らしながら明言した彼は、それだけ怒りが深いのだろう。 微動にしていなかった腕に力を加えると、再度長剣を振り上げようとする。 「……ちょ、ユリアス?!そんなことしちゃ、いけないッ」 切羽詰まったような声音を上げながら、 身体にしがみ付いていた腕を離すと、咄嗟に剣を翳している腕を掴む。 国王に対してのそういった行動は、本来ならば不敬罪に当たるのだ。 それこそ手打ちに遭ってもおかしくはないということを、 後宮へ入る前にユリアスの顔に引っかき傷を付けてしまった際に、 側近のファティマから聞かされていた藤也は、知っていた。 隙を見せることが死に直結するこの世界は、日本とは違う。 それは上に立てば立つほど、 そして国が大きくなればなるほど規律や戒律は厳しくなる。 それでも、激情に駆られて人を殺めることには納得出来ないのだ。 ぎゅっと舌唇を噛み締め、命一杯の力を腕に入れて必至に止めようとする、 予想外の行動を起こす藤也に、ユリアスは険しい表情で問いただす。 「何故に止める?!此奴は、罪のないそなたの命を奪おうとしたのだぞ!!」 そう怒声を張り上げ、冷徹さだけを際立たせているユリアスを前に、 自分の主張を譲らずに言い張る姿を目にしている周囲の者達は、 その成り行きを息を凝らして見守るしか出来ずにいた。 〜To be continued〜 |
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Fate 55
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- 2008/06/11(Wed) -
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―――トップに君臨する第一夫人ほどではないとはいえ、
第三夫人付きの侍女の数は、驚くほど多い。 陽が傾き出した午後。 表向きは台帳の書き換えという名目で、 一人ずつ進められていく面接は、目下その私室敷地内に設けられている、 宿舎内の一角にある事務部屋を貸切って行われている最中である。 女官長次官のディアナは、質問や記載等は全て部下に任せ、 立ち替り入ってくる侍女たちの、とある一点に着目し続けていた。 数にして、およそ二十人目辺りになるだろうか。 やっと探していたものが見つかったのではないかと、 キラリと視線を鋭く輝かせたディアナは、 徐に椅子から立ち上がると、目前の侍女に歩み寄った。 そうして彼女の右腕を無造作に掴みあげる。 藤也が後から思い出したと言って来た話によると、 手首の外側に固まって、四つの大き目な黒子があるらしい。 そして、それらを全て直線で結ぶと、とある整った四辺形になるのだと。 それが容疑者の唯一の特徴ではあるものの、 右手首の付け根に凧型に見える黒子を持つ者がそうそういるわけもなく、 重要な手掛かりになると踏まえている彼女は、黒子を確認する。 一方の、ディアナにいきなり腕を掴まれた侍女は、 一体、自分の腕がどうしたのか、と首を傾け、不思議そうな表情を垣間見せる。 「どうやら貴方には、もう少し踏み入って問わなければならないようですね」 そう深刻そうな声音でディアナが述べた一刹那、 傍らに控えていた、特務を帯びて宦官に扮するラウルが彼女の身柄を拘束する。 その口腔内には、舌を噛ませぬようにと麻布を押し込められた彼女の頭の中には、 数日前の犯行直後に、側室の一人にすれ違った時のことが映し出されていた。 やはりあの時、顔を隠そうとして覆った腕の黒子を見られていたのだ、 と巡らす顔は見る見る内に青ざめて血の気が引き、 支えられていないと立っていられないほど膝から力が抜け落ちていた。 この一件がただの台帳の書き換えなどではなく、 自分を捕らえる為に図られたものだったのだと知る彼女に、 「申し開きをするのなら、陛下の御前で述べなさい」 そう告げたディアナに、新たな指示を受けた部下たちの数人は慌しい動きを見せ、 衣装の裾を翻して扉の向こうへと消えていく。 身体を両側から支えられ、周囲をガードされた容疑者である侍女は、 騒ぎが広がらぬようにと最新の注意を払われる。 それは、まだ幼い第一王女の行く末を案じたユリアスの配慮であった。 そうして人目を忍んで裏口から連行されていく中、 ディアナも、容疑者を捕らえた際には必ず連れて来るようにと、 宰相のムスタファに密命を受けていた自身の足を目的地へと足早に向けた。 ◇ ◇ ◇ 連行先は王城内ではなく、後宮内の女官長の詰所である。 本来なら、王城内の政務を執り行う場で取り調べを行うのだが、 此度の暗躍の裏には、侍女が仕えるヒルダ夫人が控えていることもある。 現制度では、王女を産んだ夫人とはいえ、 正妃になる以外では、側室が後宮から外へ出すことが認められてはいないのだ。 むしろ、策動させた主犯が夫人ではないかと疑うユリアスは、 手っ取り早く断罪させようと、 後宮の特別法を用いて、臣下の者を女人の園の一角に立ち入れたのである。 その為に、女官長の詰所には、 後宮内には立ち入れないはずの面々が一同に会していた。 その中央に用意された椅子に腰掛ける精悍なユリアスは、 大国の王らしく威厳を放ち、けれど平常の数倍以上の冷酷さを増している。 拘束を解かれた侍女は、 床に這いつくばるように身を伏せ、恐怖に身体を戦慄かせていた。 そして尋常でない、身も凍り、震え上がるほどの強い視線を目の当たりにし、 書いた密書の呼び出しに応じた皇太子を、 後ろから泉の中心めがけて突き落としたと供述せざるを得なかった。 皇太子の暗殺、それだけでも大罪である。 だが、正直これほどまでユリアスを烈火の如く怒りらせているのは、 唯一大切な存在だと言っても過言ではない、 藤也の命を絶とうとしたからだと、ムスタファは考えている。 全ての事柄をどこか冷めたような雰囲気で捉え、 何事にも動じることなく、国を背負う者としての責務を果たすべく、 まるで機械のように動いていたユリアスに、 人間らしい感情を沸き立たせたのが藤也である。 ユリアスにとって、殊更に特別な存在である彼は深く愛でられ、 何よりも、己の命よりも大切だとさえ思われているのだ。 そんな彼を傷つける者は誰であろうと容赦することはないだろう。 それは十二分に悟っている上で、 「素直に吐けば、慈悲や温情もある」 と通例通りの言葉を言い放ったムスタファだったが、 今のユリアスにそんなものがあるとは到底思えない彼の目前で、 ―――ガタッ…。 憮然に立ち上がった、澄んでいたユリアスの深い紺碧の双眸は、 耐え難いほどの怒りに、凶悪的な色を孕んでいるものへと変貌を遂げていた。 〜To be continued〜 |
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Fate 54
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- 2008/06/09(Mon) -
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藤也の命が狙われた……という秘めやかな知らせは、
使用されたという可能性の高い毒物が記された資料と共に、 直ぐにもディアナの元に届けられた。 女官長の詰所の一つである、 後宮内の入り口付近に設けられている職務室の椅子に座り、 依嘱した部下からの情報を文机の上で纏め上げていた彼女は筆を止め、 覚えた義憤に心を落ち着かせようと、ぎゅっと瞼を閉じる。 そうして未遂で終わったことを深く神に感謝し、 再び開かれた彼女の眼差しは、きりりと引き締まっていた。 新たな人生を与えてくれる切っ掛けを作ってくれた藤也の為にも、 そしてユリアスに任命された女官長次官としての大事な初仕事でもある彼女は、 後宮内で起きた暗躍させた者たちを一掃させるべく、 疑いの色が最も高くなった、難癖のある第三夫人の私室へと自らの足を向ける。 道義に外れたことを平気で成そうとした犯人を、絶対に許すことは出来ない、 と痛切に思う彼女の細やかな右掌は硬く握りしめられていた。 ―――その頃、目の辺りを真っ赤に腫らさせた藤也は、 ハラハラとした面持ちで、ルビーの身に起きた出来事と容態を、 戻ったセシアから聞かされているところだった。 「ドクウツギ……?」 聞いたことのない名前に、疑心に満ちた声が漏れる。 「何でも、林縁などに見られる落葉低木の一つらしいですわ」 そう口を開いた彼女は言葉を続ける。 「この果実の種子の部分には猛毒が含まれていて、 誤食すると嘔吐や手足の痺れ、そして呼吸停止や心拍停止を引き起こすそうです」 「そ、そんな危ない物がどうして後宮内に……」 呟くように問い返した藤也に、 ドクウツギの赤から黒紫色に熟した実は甘くて美味しいらしいと、 記されたドクウツギの果実と種の絵を見せながら説明する彼女自身も、 その植物のことを知らなかったらしい。 そして、毒を持っているものでも、簡単に入手できるものは割と多いのだと、 王城に集められた毒の専門家たちは話していたという。 例えば、可憐な花で愛でられる“すずらん”。 一般的な花屋で売られている植物だというのに、 実は血圧低下や心臓麻痺などの症状を引き起こす猛毒を持っている、 ということを花が好きな母親から聞いて知っていた藤也は思う。 仮に見たことのない果実であったとしても、だ。 厳しい検問も、目前で食さえすれば、危険なものと認識される可能性は低くなるだろうし、 ましてや、綺麗な花があちらこちらに植えられている後宮内に、 花壇に蒔く“種”として申告されてしまえば、 容易に持ち込めてしまう類のものかもしれないのだ……と。 そんな、食べれば命を落としてしまうという、ドクウツギの種子。 それが意図的に細かく刻まれて、 クッキーの中に入っていたのだと聞かされた藤也は、 人とは比べ物にならないほど身体の小さなウサギが食べてしまったことに胸を痛め、 「それじゃ……それじゃ、ルビーはどうなっちゃうの?」 顔を青ざめさせながら、セシアに問う。 すると彼女は、狙われたのが自身だというのに、そのことには全く触れず、 ルビーのことを一心に心配している、心根の優しい主に柔らかな笑みを向けた。 確証を得てはいないものの、 山に住む猿が、その熟れた実を種ごと食べることから、 人以外の動物にはあまり強い効力がないのか、もしくは解毒作用が働くのか……、 渋々不思議そうな表情を晒しながらも、 そう述べていた専門家の言葉を一言一句間違えずに伝えた彼女は、 あんなにもぐったりとして状態の悪かったルビーが、医師が到着する頃には、 容態が安定し出していたことに驚きを隠せなかったと漏らした。 どうやら、“藤也のお気に入り”であるウサギは、 もはやユリアスにとっても只の小動物ではなくなったらしい。 初めて藤也と会った時には、物の様に放り投げられていた彼も格上げされ、 投薬を開始する前に、元気を取り戻しつつあったものの、 完璧に治せと命を下した専門科の医師の元で、 もうしばらく手厚い治療を受けることになったらしい。 ―――そうして、ルビーは無事だと聞かされた藤也は、 やっと安心できたと安堵の溜息をつくと、椅子の背凭れにしな垂れ掛かったのだった。 〜To be continued〜 |
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Fate 53
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- 2008/06/05(Thu) -
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一方的に秘密を握り、優位に立つことは容認しがたいのだと紡ぐ、
プライドの高いらしい夫人は、自分は愚かにも弱いのだと言葉を漏らす。 「常に傍にいる者に心が向くのは自然のことだとは思わなくて? 幼き頃より見知っているなら、なおのこと……」 そう独白した彼女の心は、正妃になるべくして後宮へ入った自分はもちろん、 イラスーンからの多いなる恩恵を得ようと望む祖国をも欺き、 ロサリナから連れてきた騎士に秘めた思いを寄せているのだという。 夫人の傍らにいることを選んだというその騎士が、 先ほど鋭い目付きで室内の安全を確認した宦官ではないかと悟った藤也は、 王族として果たさなければならない表の顔に隠された、 彼女の一人の女性としてのささやかな、けれど辛く重い秘密を前にして、言葉を失う。 なんと彼女に掛けて上げればいいのか、言葉が思い浮かばなかったのだ。 そんな心境を感じ取ったらしい夫人は、ゆっくりと腰を上げる。 「互いの秘密は、公然とせぬようにしましょう」 暗黙の笑みを浮かべながら言葉を残し、 立ち去って行ったそのわずか数日の間に、事件は進展を見せることになる。 ―――一方、ディアナから報告を受けたユリアスは、険しい顔を露にしていた。 王子達の世話役選びなどで忙しい日々を送る女官長の代わりに、 全権をディアナに委ねることにした、 ユリアスに命を下された彼女は、時を移さずして行動を起こしに掛かる。 国王は二子の男児を儲けなければならないという法律がある以上、 王子を失えば、ユリアス自身が望まなくても、 新たなる王子を得る為に、後宮内へ足を運ばなければならなくなる。 皇太子が後宮から離れる時期を迎える今、 暗殺未遂事件を画策したのは、新たに王子を身篭ることを狙った、 二番目以降の側室ではないかと頭の片隅で巡らしたディアナが、 第二王子であるイザークの母親を除外したのには理由がある。 成人の儀を迎えるまでは、第二にも後継者になる可能性が大いにある為、 彼女には危険を冒し、焦ってまで事を起こす必要性が薄いのだ。 そう考えたディアナは、 藤也が見たというわずかな手がかりを頼りに犯人を捜すよう動きを見せる。 だが犯人の、右手の目的のものを焼かれたりしては元も子もなくなることから、 彼女は表立ってそのことには触れず、台帳を書き換えるという名目を掲げ、 後宮に勤める全ての者たちにを対象に一人ずつ面接をすることにした。 ◇ ◇ ◇ 「ル、ルビ―――っ?」 (ちょ……嘘だろ、何で?!) 「セシア、どうしよう!ルビーが、ルビーが……」 動揺した声に慌てて駆け寄ったセシアの目に映ったのは、 居室のテーブルの上でぐったりとし、口からぶくぶくと泡を吹きながら、 時々手足を痙攣させているルビーの頭を優しく撫でながらも、 秀麗な眉根を寄せて、目にはたくさんの涙を浮かべている藤也の姿だった。 ルビーの周りには、粉々になったクッキーの残骸が散らばっている。 どうやら飾りにつけられたナッツをかじっろうとしていたらしい。 瞬時に毒だと悟ったセシアが、 「このクッキーは、お口にしてはおりませんよね?」 確認するためにそう問えば、 うんうん、と頷く藤也の円らな瞳から溢れ出した涙がハラハラと零れ落ちる。 素早く、証拠のクッキーを全て入れ物に移し、 ルビーを柔らかな布に包んでバスケットの中にそっと入れたセシアは、 「お医者様に診て頂きに行って参りますわ」 そう述べると、私室の内側の入り口に控えている警備の者に向かって口を開く。 「マディーナ様は、風邪を召されてお休みになられています。 何方であろうと、面会には応じないように」 と十二分に注意を促すと、足早に王城へと渡った。 ―――たかがウサギ一匹。 いくらでも代えはある、と誰もが思う中、意外にもユリアスの反応は早かった。 小動物専門の医師はもちろん、 毒という毒を学んだ者を全て呼び寄せるようにと命を下すと、 控えているセシアに視線を戻した。 「この菓子は、間違いなく第一王女のヘレナが持参したものなのだな?」 問われたセシアは、深々と垂らしていた頭を上げると、 真っ直ぐな眼差しをユリアスに向け、はっきりと声に出して答える。 「御意にございます」 皇太子の暗殺を目論んだものの、 その姿を見られた為に、標的を藤也に変えたのだと自ずと知れたユリアスは、 大きく吸い込んだ息を忌々しそうに吐き出す。 腸はふつふつと煮えくり返り、藤也の命を狙った者を八つ裂きにして、 だが息の根は止めず、後悔する間も与えないように痛みで苦しめさせてやりたいと、 猛烈にどす黒い思いを抱きながら放たれた、 研ぎ澄まされた鋭い視線は近寄り難く、周囲の温度を一気に下がらせる。 それは、ユリアスの本性を垣間見たことのあるセシアですら、 血の気が失せそうになったほどに……。 それほど、彼の怒りは計り知れずに大きかったのである。 〜To be continued〜 |
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Fate 52
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- 2008/06/03(Tue) -
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―――多くの侍女を引き連れた女官長を後ろに伴え、
久しぶりに後宮内に姿を現したユリアスが、 側室たちの熱い注目を一身に浴びながらルイーザ夫人の私室へと渡ってから、 数時間が過ぎていた。 泉での一件は、思っていた以上に神経を張り詰めていたようで、 湯殿から上がった藤也の身体は、消耗したようにがっくりと力が抜け落ちていた。 そんな姿を心配し、いつでも横になって休めるようにと、 セシアによってラフな服を着せられた藤也も、 その仰仰しく賑わいを見せて後宮内を悠然と進む姿を、 大きな疑問を頭の中に浮かび上がらせながら窓辺から見届けていた。 王位継承権の持たない第一王女のヘレナにさえ、 外を出る時には必ず付けるようにと、ユリアスは自分の配下の侍女を就けていたのだ。 皇太子ともなれば、それ以上にその身の安全を考えているのは当然のはずなのに、 何故、王子は一人だったのかと、気になってしまう彼は、 まるでその場から逃げるかのように立ち去った、 セシアにぶつかった人物のことが怪しく思えてならなかった。 けれど、彼女を見たのはほんの一瞬だった上に、これといった特徴もなかったのだ。 もうその顔すら、はっきりと思い出せなくなっていることに、 消沈する大きな溜息が、艶やかに赤く色づいた口元から零れる。 後宮内に勤める者は多く、 藤也や順位の下回る数名の嬪と呼ばれる側室を除き、 特に四名の夫人付き侍女の数は殊更膨大な数に上るという。 そのことから、 関係者かもしれないと疑いをかけた人物を割り出すのは、容易なことではないと思う藤也は、 それでも彼女に特徴はなかったかと、再び薄れゆく姿を思い浮かべていた。 そんな藤也の私室の扉を叩いたのは、女官長次官のディアナである。 後ほど、ルイーザ夫人が私室を訪れるという知らせを持って現れた彼女は、 王子を助ける前の出来事を打ち明けられた途端、 一様でない険しい表情を見せると、慌しく踵を取って返して行く。 「絶対に、自分で探し出そうとはしないで」 そうディアナに固いまでに約束させられた藤也は、 複雑な思いを胸にしながら、外出用のドレスに身を包み込んでいく。 ◇ ◇ ◇ 周りの空気を、一瞬で張り詰めさせるような鋭い目付きを晒し、 私室内を一通り見回して安全を図るように探りを見せた宦官はもちろん、 セシアをも含む全ての者を人払いさせて下がらせた、 怜悧な空気を漂わせているルイーザ夫人が、 居室の椅子に腰を下ろすと柔和な笑みを浮かべて口を開く。 「自分の私室内では、そう気を張る必要はなくてよ」 既に顔は見知っているとからと、安心して取るようにと勧められ、 苦笑を漏らしながらヴェールに手を伸ばした藤也を見つめる眼差しは、 まるで、まぶしいものを見るかのように薄っすらと細められる。 自分を含め、いかなる側室にも気を許さず、 人間的な感情をほとんど表に出さない冷酷なまでに沈着なユリアスが、 “マディーナ”という名を口にした、そのわずか一瞬の間ではあるが、 眼差しが暖かな、そして優しいものに変わったことに気づいた夫人は驚きながらも、 その存在が特別な者なのだと悟っていたのだ。 「異例の御触れを出してまで、ユリアス様が隠されたくなるはずですわね」 感嘆するようにそう囁きを漏らした夫人は、 息子の命を救ってくれた感謝の言葉を改めて述べると、 「あの子も、此度の一件で、自身の立場というものが踏まえられたことでしょう」 そう言葉を口にした。 彼女によると、 “母親を苦しみから救いたければ、一人で来るように”という謎めいた密書を読み、 幼いながらも正義感に溢れたルキウス王子は、 人目を忍び、指示された、あのひっそりとした場所へと向かったらしい。 そうして木陰に待ち伏せていた者に、背後から泉に突き落とされたのだという。 (やっぱり、あの人が―――…) 心の中で、疑いが確証を掴んだものへと変わる。 けれど未遂だったとはいえ、事故ではなく暗殺目的だったことに恐怖を覚え、 藤也の背筋にゾクリと冷たいものが走り抜けていく。 それは、“隙は、命取りに繋がるかもしない”と、 意味深なことを語っていたユリアスの母親であるユリアナの言葉が、 本当なのだと愕然として身につまされた瞬間だった。 〜To be continued〜 |
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Fate 51
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- 2008/06/01(Sun) -
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雲一つなく澄み切った青い空に、太陽が高々と天頂に昇る正午近く。
この時間帯は、後宮内の人々も昼食や、その準備に忙しく追われ、 また、外出するには日差しが厳しいために、その数時間の間は人通りはほとんど無くなる。 乾いた熱風が全身を掠める中、 ウサギのルビーを小さなバスケットに押し込んだ藤也は、 侍女のセシアの後をゆったりした足取りで歩いていく。 二人が目指す先は、緑の草が生い茂った中に水の湧き出る泉のある涼しげな、 けれど華やかな後宮内の人々は見向きもしない静かな一角である。 それは、目的地を目前にして続く細い階段に足を踏み入れた時だった。 何処からか、微かに何か叫び声のような声が聞こえたように思えた藤也の足が止まる。 「今、人の声が聞こえなかった?」 この辺りは、時間を掛けて念入りに調べ上げた、人の気配のないはずの場所である。 瞬時に耳を澄ませたセシアは、そんなはずは……と、 声を潜めて放とうとした言葉を飲み込み、周囲を確認しようと階段を駆け上がり出す。 階上の脇から突然現れた、猛烈な勢いで下りようとする何者かが激しくぶつかったのは、 その直後だった。 一歩間違えれば階段を踏み外し、大怪我を負っていたかも知れないというのに、 その人物は謝りも入れず、しかも“しまった”とでも言うような表情を露にさせたのだ。 そうして慌てて顔を掌で隠すと、そのまま駆け下りて行く姿に、 (―――嫌な予感が……する) 何故かそう感じ取った藤也はセシアを追い抜き、一気に階段を駆け上がる。 見回した、手入れをされていない下草の生えている周辺には、特に何もなく思えた。 だが、木立の中にある泉から漏れ聞こえた変わった水音に違和感を覚えたのと同時に、 藤也の足は素早く動いていた。 日の光りを浴びてキラキラと煌く水面には、揺れ広がる大きな波紋。 そしてその中心辺りに、 たくさんの小さな気泡と共にゴボッと大きなものが混ざり合って浮かび上がっている。 「マ、マディーナ様ッ?!」 手にしていたバスケットを地面に置くや否や、 唐突なまでに覆っていたヴェールを無造作に取り去ってしまった藤也が、 いきなり泉の中に飛び込んだのだから、セシアは落ち着きを失わずにはいられなかった。 時間にすれば大したものではないものの、周囲を警戒しながら、 ハラハラさせた彼女の前に潜り込んでいた藤也が水面から顔を覗かせたかと思うと、 「セシア、手を貸して!」 危機迫る声音で叫ばれたセシアは、これ以上にないという驚きの顔を呈しながらも、 その腕に抱えている、ぐったりとした幼い男の子を水際に引き上げる。 「医師と、この子の母親を早く連れてきてッ」 そう命を下され、慌てて踵を取って返すセシアを視界の隅で捕らえながら、 仰向けにさせている少年の呼吸が止まっていることを確認した藤也の心臓は、 命を失ってしまうかもしれないという厳しい状況を前に動揺し、 ドクンドクンと痛いように激しく鼓動を刻んでいる。 けれど、精神面では冷静さを何とか失わないでいる気丈な藤也は、 小・中学生の時に入っていた、 ボーイスカウトで習った人工呼吸の方法を思い出すと忠実に辿っていた。 少年の頭部を下げて、顎を上へと上げて気道を確保させると、 鼻をつまみ、そして胸が軽く膨らむ程度に息を吹き込む。 それを二回繰り返すと、見つけた肋骨縁の合流点を触れる左手の指先に、 右手掌のつけ根を宛がうようにして置き、もう一方の手を重ねる。 そうして垂直に体重をかけて、 胸骨を押し下げるように注意しながら心臓マッサージを試みること数回。 「……ぅ」 と言う、奇跡的に小さなうめき声を漏らした少年の身体を横向きにさせた刹那、 ―――ゴホッ、ゴホッ…。 大きく咳き込むのと同時に、小さな口元から大量の水が吐き出される。 しばらくすると、苦しそうにしていた乱れを見せていた呼吸も安定し、 ホッと胸を撫で下ろした藤也は、少年の、顔に貼りついた前髪をそっと掻き揚げた。 ユリアスの面影がひしひしと伝わる面を目にしながら、 本当に間に合って良かったと、痛切に感じて涙がじんわりと滲む視界の後方で、 バタバタと駆け寄る足音に振り返れば、医師を従えたセシアが目に留まる。 そして、その後ろの顔色を蒼白させた第一夫人の姿を捉えた瞬間、 はたと自分の素顔を人目に晒していることに気づき、 慌ててヴェールを手繰り寄せて被った藤也の細い指先が、 完全に意識を取り戻した少年の掌に柔く掴まれた。 「……大丈夫?」 ユリアスと全く同じな、深海を連想させる濃いブルーの瞳の中で、 皆既日食のように放射状に黄金のダイヤモンドリングを輝かせる虹彩に囚われながらも、 安心させるように、ふっとやさしく微笑みを見せた藤也は、 その場を医師に譲るように立ち上がると後ろへと下がり、恭しく夫人に頭を垂れる。 そんな姿を一瞥させた第一夫人であるルイーザは、 イラスーン王国皇太子である息子のルキウスと、 その息子を診察する医師の様子を心配そうに交互に見つめている。 十分過ぎるほどの時間を掛けた診察が終わり、 「対処が適切であったおかげです」 と告げた医師が藤也に礼の言葉を述べてその場を後にすると、 念のためにと、ルキウスを抱きかかえた一行も、 「そなたに感謝を……」 全身ずぶ濡れとなり、 ヒタヒタと雫を滴らせている藤也に、そう短い言葉を残した夫人に追随する。 医師を含む、その場に居合わせた御付の者たちに向かって、 「彼の方は、ルキウスの命の恩人。なれど、その姿は決して他言するでない。よいな?」 口を強めて威圧するように明言した夫人は、 遠目からだったとはいえ、しっかりと藤也の姿を目にしていたのだろう。 けれど、そのことには深く追求しようとする様子は垣間見せずに立ち去っていったのは、 偏に感謝の賜物なのかもしれないと、そこはかとなく思う藤也は、 風邪を引いてしまったら大変だ、 とバスケットを抱えたセシアに急くように引っ張られ、来た道を戻っていく。 ―――この時の藤也は、この後……自分の身にも危険が迫るということを知る由もなかった。 〜To be continued〜 |
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