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Fate 70
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- 2008/07/30(Wed) -
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―――冷酷な人物なのだと聞かされてはいた。
だが、本当に冷酷ならば……内殿に奇襲を掛ける際、 なるべく無傷で全員捉えるようにと指示を出すものであろうか。 否、藤也様の周りに居る我々だけが露いささかも知らないだけで、 実際にユリアス王は、冷酷な人物なのかもしれない。 そう考えを打ち消したアルザスは、 ふとアリファの中庭での一件を思い出していた。 それは、ユリアス王と初めて対峙した時のことである。 王族の私的な区域に無断で入り込んでいた彼は、まったく動じず、 悪がる様子すら見せずに、けれどその眼差しは鋭く研ぎ澄まされていて、 “―――この男は、危険だ……” と、直感的に感じ取ったのは事実である。 抑揚のない声で、本当にどうでも良さげな口調で話し、 見下すように薄く笑みまで浮かべていた彼も、 藤也を見つめる時だけは、とても優しい表情をさせていたのだ。 確かに、あれは嘘偽りのない笑みに見えた。 (……惚れた弱みか) そう、心の中で呟くアルザスは、 心清らかで優しく、人を思いやる藤也が一番悲しむことは、 一般人だと言い切る自分に仕えている人たちの苦しむ姿であることを知っている。 無意識なのかもしれないが、恐らくユリアス王もそれを悟っているのだろう。 でなければ、 監視目的で連れて来たはずの我々にまで、気を回したりなどしないはずである。 何せ、不満の「ふ」の字すら見つけることが出来ないくらいに、 ハリファにいた時とは比べ物にならないほど、 給与や労働条件など全ての面において優遇させられているのだ。 外見だけではなく、 人柄すら魅了させる藤也に夢中になるのも頷ける、と思うアルザスは、 内殿のようにひっそりと隠れて暮らす生活と180度変わり、 人前に出ざるを得ない“正妃”に迎えたユリアス王の、 これから迎えるだろう苦労にエールをそっと送る。 そして自分自身も柔らかな衝動を受け、藤也の魅力に囚われた一人でもある彼は、 王の腕で幸せそうにしている藤也を見つめると、その笑みを失わせないよう、 彼を守ることに生涯を注ごうと新たに決意するのだった。 ◇ ◇ ◇ 「そんなに擦ると、目が腫れるではないか」 感極まり、ポロポロと零れる涙を拭う手をギュッっと握ぎられた藤也は、 ユリアスの行動に反応して上を見上げると、 目元の雫を消し去るように軽く触れるだけのキスをされ、 「……!」 驚きのあまりに目を見開いた。 嬉しいはずの慈しむようなその甘い仕草も、 大勢の人前でされては、穴に入りたいほど恥ずかしくなるのだ。 うろたえて、どぎまぎさせながらも唇をちょっと尖らさせた彼は、 顔を間近に寄せたまま見つめるユリアスをギロリと一睨みするものの、 当のユリアス本人は……と言えば、ピタリと涙が止まった様子に、 至極満悦な笑みを照れる藤也に向けて見せていた。 そうして王妃の住居空間の一室は、 仲睦まじい二人の醸し出す甘いムードで満たされ、穏やかな時間が流れていく。 ……だが、 如何なる時でも冷静沈着で、無感情だった国王が幸せそうに微笑んでいるのだ。 藤也にしてみれば、何のことはない日常的なユリアスの微笑みも、 彼を取り巻く、それを曾て一度として見たことのなかった者達にとっては、 喫驚に値することなのである。 彼らは一様に、 自分の見ているものが信じられないといった様子で、しきりに瞼を瞬かせている。 けれどその有り様は、 同時に、その笑みを作らせている王妃をどれほどまでに深く愛しているのかを 知らしめさせることでもあった。 静穏な空気が溢れる中、 女官長のエドゥーラが優しい笑顔をさらに優しくさせながら、 ユリアスに向かって口を開く。 「マディーナ様もお疲れでしょうから、我々は退室させて頂きます。 何かありましたら、お声を御掛けくださいませ」 そう言って深々とお辞儀をすると、室内にいた者たちがゾロゾロと踵を返していく。 そんな彼らの後ろ姿を何気なく見つめていた藤也だったが、 突然ハッとしたようにユリアスの腕の中で身じろいだ。 「あ、あの!」 藤也の愛らしい声音が響き、皆が一斉に振り返る。 その瞬間、視線が一心に注がれた彼の、その細い喉がコクリと鳴る。 けれど、今ここで言わなければ、と藤也は寝台から漫ろに足を下ろすと立ち上がった。 色々な思いが自分の中に溢れているけど、それをどう言えばいいのか、 どう言えばちゃんと伝わるのかは、分からない。 (王妃になったばかりで、右も左も分からないけど……) そう心の中で呟くと一度強く瞼を閉ざし、一呼吸置いてゆっくりと開いた。 その黒い瞳は透き通り、まるで輝石のようにキラキラとする輝きが放たれている。 (――俺、がんばるから) 何が出来るのか分からないけど、 出来る範囲内で精一杯、ここにいるみんなの為に、 そしてこの国の人々が少しでも幸せになれるように……。 「皆から色々学び、力を借りて良い王妃になれるよう、努力したいと思います」 そう真っ直ぐに述べた藤也は、先ほどまでの涙を見せていた姿とは一変し、 とても自称一般人とは思えない、犯しがたい威厳すら感じる凛としている姿に、 その場に居ることを許された者たち全てが息を呑む。 けれど、陛下のように人を圧するような厳しい感じとは全く別ものである。 高みから見下ろすこともせず、自分たちに目線を合わせ、 皆の教えを請いたいと頭を下げる藤也の姿勢は、 たちまちに臣下の者たちの心を掴み、心酔させていく。 その様子に、ユリアスは傍目には分からないほどに満足げに口元を緩めるも、 一瞬で万人の心を捕らえて放さなくさせてしまう愛しくて尊い存在を誇りに思うのと同時に、 ユリアスをひどく不安な面持ちにさせるのだった。 〜To be continued〜 |
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Fate 69
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- 2008/07/29(Tue) -
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「お願い、ユリアス。アルザスを……皆を国に帰してあげて」
ユリアスが、身代わりをしている真相を知る者たちは全て手中に置き、 管理するつもりらしいということは、 以前セシアから聞かされていた話から想定できるものの、 ハリファで暮らす彼らには、大切な友だちや家族がいるのだ。 特にアルザスは、ここにいるべき人ではないと思う藤也は、 二年前の、マディーナの為に良かれとした事が大きく起動を逸らし、 ここに来て、皆を巻き込んでしまっていることに深く責任を感じてしまうのだった。 「それは出来ぬな」 「どうして? 彼らは、絶対に秘密をバラしたりする人たちじゃないよ!」 けれどいくら頼み込んでも、 “絶対”という言葉ほど信頼できぬものはない、 と頑として首を縦には振ろうとはしないユリアスの瞳は細められたまま、 辛辣を呈しているようだが、その脳裏からは既に悋気する感情は消え去っていた。 そんな二人のやり取りを少し下がった場所に控え、静観するしかないセシアは思う。 必至になって説得しようと試みている藤也様には酷なことかもしれないが、 彼らを帰す気などさらさらないのだ、と。 元より返すくらいなら、わざわざイラスーンまで連れて来てはいないだろう。 ……そう、確かにハリファの内殿を襲撃された時、 捕らえられた我々は、陛下の側近であるファティマに問われたのだ。 『ここでこのまま命を絶つか、それとも今を生き、 藤也様に忠誠を誓い、生涯を彼の方の御為に捧げるか……』 その選択肢は、死にたくなければ……と強制的にも聞こえるが、 藤也様に仕えていることを誇りに思っていた自分は、躊躇いを覚えることはなかった。 むしろ、そう問われたこと自体が腹立たしくさえ感じたほどだ。 「なっ、何言ってるのか分かんないよッ//」 そう、何処か恥らうような感じを含む、 素っ頓狂な声音が、突然鼓膜に飛び込んだのは、 ハリファを発つ直前の出来事を回想するセシアが、アルザスたちを見つめながら、 恐らく、一様に即答した彼らも同様なのではないかと想像している最中のことである。 視線を慌てて藤也に戻した彼女は、さっきまでの雰囲気ががらりと変わり、 「だから“例えだ”と言ったであろう?」 そう言いながら、 クククッ…と陛下が楽しそうに笑いを零しいている、意外な様子に戸惑いを見せるも、 どういう経緯なのかと、意識を集中させることにした。 「――人には人徳というものがある。 それを備え持つ者は、望もうが望まないが自然と人が集まるものだ」 どうやら“人徳”というものを説明するにあたり、分かりやすいように、 “甘い蜜を出す花には、多くの虫たちが集まる”と、藤也自身を“花”に例えたらしい。 「仮にそなたの申し出を聞き入れたとしよう」 そう言って小さな溜息を吐き出したユリアスは、 視線を藤也から離すとサイガの後ろへと向けて投げる。 「その方らは、ハリファに帰りたいか?」 ……と問われる中、自分の周りにいる同胞の様子をぐるりと見回わし、 そうして確認を取った上で、首を横に静に振ったアルザスに仰天したのは藤也であった。 「嘘、何で?!だって、アルザスは家督を継がなければならないんでしょ? それに、皆にだって家族はいるし、帰りたいとは思わないの??」 すると、恐れながら申し上げます、 と口を開いたアルザスには家族が多く、兄弟の数は八人にも上る。 その中には父親に憧れる者や、 自分以上にその仕事に興味を持つ者がいるのだと端的に語った彼は、 だから家のことは彼らに任せ、安心して家督を放棄することができたのだと、 まるで 大したことではないかのように、穏やかな表情をしている。 士官学校をトップという、優秀な成績で卒業している彼を手放す立場にある両親は、 王女の側近として国を離れることを、光栄で名誉なことだと喜びを見せたという。 「……でも、俺は本物の王女じゃなし、そんな一生に関わる大事なこと……。 ア、アルザスだって、頼まれて俺の護衛に就いていてくれてた……だ、だけなんだし」 居た堪れなくなり、言葉を詰まらせてしまった藤也は、 アルザスから視線をわずかに逸らすと、顔を辛そうに歪める。 「確かに、最初は興味本位だったかもしれません。 ですが、貴方の側で貴方をお守りしている内に私の意識も変わり、 王女としての形だけの貴方ではなく、“貴方”自身の為に働きたくなりました」 “貴方”の為に役に立ちたい、守りたいのだ、と真摯に述べたアルザスは首を横に傾ける。 そうして周りを見遣ると、ここにいる者たち、皆が同じ気持ちなのだ、と告白された途端、 こみ上げて来たジーンとする熱い感情で胸が一杯になってしまった藤也は、 緩んでしまった涙腺から勝手に溢れ出して止まらない涙を手の甲で拭いながら、 「……そんなに慕ってくれて、ありがとう」 そう言うのが精一杯だった。 〜To be continued〜 |
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Fate 68
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- 2008/07/25(Fri) -
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「失礼致します」
そう一言挨拶を述べ、最初に入室して来た集団のトップを歩み出ていた人物は、 おそらく、“軍人”と表現したなら、きっと誰もが想像するであろう、 頑丈そうで立派な体躯をしている男振りの良い風采をしていた。 そんな人が、腰に長剣を刺し、 綺麗な飾りで縁取られた立ち襟仕立ての服を着ているのである。 王族を示すコバルトブルーを極々薄くした白に近い生地に誂えられた、 それよりも数段階濃くした色の刺繍。 一般的に纏うことが許されないその特別な様からして、 以前聞かされていた王族を護衛する近衛師団の団長なのだと悟る。 けれど、肩に備え付けられた騎士の象徴であるマントが靡かせながら、 颯爽と歩く姿を本当に格好が良いと思う藤也は、 正確には団長自身にではなく、彼の着ている制服を見つめていたのだが……。 何分、この世界へトリップしてからというもの、 ずっと女性物のドレスばかり着せられていたのである。 男っぽく格好いい服を着て、様になっている人を見てしまえば、 (うぅ、俺も着たいぜ――!) と、目を潤ませて見つめてしまうのは仕方がないことなのだろう。 もちろん、似合う似合わないという問題は別である。 そんなこととは露知らぬ人物は、困惑せずには要られなかった。 極限られた人間だけが入室を許される居室の、 それでも近づいてはならない領域のギリギリまで寄った場所で片膝を着き、 深く頭を垂れて敬うサイガにしてみれば、 師団長という職を頂いているとはいえ、一介の兵士に過ぎないのである。 それなのに、此の上ないと言っても過言ではないほど、 清楚で可憐な美貌の持ち主である王妃様に、有ろうことか瞳をキラキラと輝かせ、 まるで目を見張るかのように見つめられているのだから、戸惑いを覚えるのも頷けよう。 「――そう、あまりジロジロ見るでない」 自身以外の者を一心に見つめる藤也の姿に心外し、 一瞬にして湧き上がるムッとする感情を何とか抑え込むものの、 ユリアスを取り巻く空気の温度は、確実に下がっていた。 「ちょ、違うってば//」 ジロジロと言わせるほど、そんなに見つめていたのかと、 見ていたこと自体に自覚がある藤也は慌てて否定して見せる。 けれど、恥ずかしさに頬を仄かに赤く染めた、 その様子が余計にユリアスをイラつかせるということを知らない彼は、 何処までも罪作りでである。 一方、 殊更気に入らない様子を著しく露にし出したユリアスの不機嫌なオーラの所為で、 主の身を心配し、ハラハラとした緊張感を隠せない侍女のセシアは、 何気なく彷徨わせた視線の先にある者を捉えた瞬間、思わず大きな声が出てしまった。 「アルザス様……!」 その声にハッとした藤也は、侍女の向ける視線を追う。 そして、今まで注目していた集団の後方に、懐かしい姿を見つけて、呆然とした。 ―――アルザス・グレイアム=アステリオ。 それは、尊敬の意を表わしてセシアが呼んだ、彼の本名である。 ハリファ王国において、 第一王女の替え玉をしていた藤也の護衛専属騎士をしていたアルザスは、 マディーナ王女の要請で、彼女の幼馴染だという騎士が藤也の為にと、 一も二もなく推薦した人物なのだが、実はアステリオ公爵家の跡取りなのである。 国は狭いとはいえ、身分制度のあるハリファでは、 爵位を継いでいなくともそれなりの地位と名誉がある彼は、見聞を広めるべく、 二年間という期間限定で、藤也の護衛専属騎士になることを承諾していたはずなのだ。 いずれ、重要なポストに就くであろうはずの人物が、 イラスーンの、しかも近衛師団の団員である白い制服を着ているのだから、 驚かずには要られない。 「……嘘、何で? 何で、アルザスが……こんなところに」 そう消え入るような声音で呟きながら、 ふらりと寝台から脚を下ろして立ち上がろうとした刹那、腕が無造作に拘束される。 そして、あっと思った時はバランスを崩し、 グッと力を入れて自分の元に引き込んだユリアスの胸の中にいたのは、言うまでもない。 眉間を寄せて鋭さを増した眼差しは、周囲の者を脅かすほどに冷たい。 けれど強い力で押さえ込まれ、 そんな冷ややかな視線で見下ろされていてるというのに、 藤也は黒く輝く瞳をユリアスに向けると、気丈に問い詰め始めるのだった。 〜To be continued〜 |
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Fate 67
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- 2008/07/24(Thu) -
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近衛師団とは、主に国王やそれに類する人の身辺警護をする武装組織である。
数百人規模とはいえ、王国軍隊の中にある近衛騎士隊や正騎士団、 騎士隊などの人員数に比べれば、破格に少ない少数精鋭の部隊で構成されている。 国王への忠誠心や強い正義感は勿論であるが、 敬虔や謙譲な精神など、高潔さが要求される彼らは武勇にも秀でていなければならない。 国を興しての戦になれば、国王を含む王族は前線に立つ事が多いからだ。 その為、彼らは皆一様にして任務の空いた時間帯には鍛錬に勤しむのである。。 ◇ ◇ ◇ ―――その日、師団を率いる立場にあるサイガは、 当然のように王城内の一角に設けられた近衛師団専用の訓練場にいた。 「師団長!」 部下に呼ばれたサイガは、長剣を握って振るう手を休めると背後を振り返った。 訓練に励むあまり、時間の過ぎるのを忘れていたことに顔を渋く顰める。 「……もうそんな時間か」 そう呟き、急いで汗を流して正装に着替えなければと、 公卿や近衛騎士団などの宿舎である白堊殿へと向かう彼の心中は少し複雑であった。 小国であるハリファ王国へ赴く、と陛下に告げられたのはおよそ二月前に遡る。 いつになく無計画な出立もそうであるが、 戻られた後の異例な人事にも驚かさせられたのである。 王国軍隊の中でも、 イラスーンが誇る最高の騎士たちが集うことで有名な近衛師団は、 国内だけに留まらず、海外にまでも誉れ高く響き渡たっているのだ。 それ故か、騎士を目指す者なら、誰しも一度はその入団を夢見るのだという。 団員になるには養成所に入り、慣わしを習得して騎士と承認された後、 ある程度の功績を上げなければならないのだ。 そんな難関極まりない師団に、 ハリファ王国から連れ帰った七名が新たなるメンバーとして、 急遽増員されたのである。 元々、マディーナ王女の護衛騎士をしていたのだから、 彼らにはその資格はあるといえば、あるのだ。 だが何分前例がないことに、要らぬ波風を立たせることになるのではないかと、 師団を束ねる者の立場としては頭を悩ませずにはいられなかった。 そんなサイガに与えられた新たに任務は、彼らの“監視”である。 ハリファ王国・第一王女としての名を捨て、 別人となって新たな人生を歩もうとしている王女と、 彼女に扮していながらも、迎え入れられた替え玉をしている青年。 陛下がどれほど、その青年を熱望されているのかは、 尤も有力であった皇太子の母君である夫人を差し置いて、 正妃として後宮から出されたことからも、自ずと知れるだろう。 どういう経緯があるのかは定かではないものの、 彼が偽者であるということを知る 唯一の“彼ら”の動向を監視せよと命が下ったのだ。 とは言え、そうは命じても、 彼らを居殿の主な護衛に就かせたということは、 基本的に彼らは、陛下に信用されてはいるのだろう。 念の為に……といったところなのかもしれない。 そして発せられた内容から、 彼らが有能であるということが伺えるも、 むしろ“藤也”という青年の周りには、 なるべく彼が安心できる者たちを、という陛下の配慮を感じ取っていた。 そんな中、個人的注目したことである、 彼が“男”であるという事実を知る者は極めて少なく、 また、そのことを伏せるように箝口令が引かれてはいる。 けれど陛下には、既に誓約通りに二名の後継者が存在していることや、 イラスーン国内では同性婚が認められているということもあり、 性別自体に関してはあまり重要視されてはいないらしい。 サイガが彼の素顔を拝見したのは、 イラスーンへ御着きになられた直後のことであり、 屋外から室内へ入る際に、光の光度差で足元が危ぶんだのだろう。 陛下の側近であるムスタファが、 覆い被っていた黒いヴェールを取ったほんのわずかな間である。 けれど初めて見る、漆黒色の髪と瞳を具える彼の美貌の良さは、 そのわずかの間でも十二分に伝わるものであった。 「本当にお美しい方だった……な」 あんなに綺麗な人を見たのは初めてだったな―――そう回想しながらも、 柔軟な綿織物でシャワーの雫を拭う、サイガの手は動き続ける。 今日は、そんな陛下に所望されて正妃となられた“マディーナ”様が ご自分の住まわれる居殿に移り住む日なのである。 後宮へ渡られた陛下がお連れに戻られる時間は、まもなくであろう。 三分としない間に、よく鍛えられた均整のとれたサイガの身体は、 見事な近衛師団の正装姿に包まれていた。 〜To be continued〜 |
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Fate 66
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- 2008/07/19(Sat) -
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もう溜め息すら出ず、息を殺して飲み込むしかないほどの、
一般市民の生活とは遠くかけ離れた 華麗な装飾品や素晴らしい彫塑などが置かれた通路の中央を進む。 (何日振りだろ……?) あの時は、覚悟はしていたとはいえ、 国王の為に存在する女性の花園へ足を踏み入れ、 生活をしなければならなかったのだ。 まだ見ぬ世界を前に不安で大きく揺れていたことを思い出した藤也は、 本当に後宮生活から解放されたのだと実感し、 小さな安堵の息をそっと漏らしていた。 日数に換算すると、およそ二週間という短い後宮生活も、 藤也本人にしてみれば、 とても長く感じられた日々であったことには間違いないのだろう。 他の側室お抱えの侍女たちによる罵倒や中傷に始まり、皇太子暗殺未遂事件。 そんな華やかな世界に潜む、暗闇を知った藤也自身も巻き込まれ、毒殺されかけたのだ。 一視聴者として見ている分には、 ハラハラ・ドキドキしたりして楽しいのかもしれない内容も、 実際にTVドラマや映画のスクリーンでも見ているかのような世界を体験させられてしまえば、 精神的にそれなりのダメージを食らってしまうのは当然である。 それでも前向きな藤也は、ユリアスや常に側にいる侍女のセシアに支えながら、 持ち前の明るさを生かしてポジティブに乗り越えてきたのである。 そして、新たに圧し掛かる大国の「王妃」としての重圧。 心が不安に染まれば、気を張ることや不安滅入る必要はないのだ、 とユリアスに諭すように言い聞かせられたものの、 (俺のままでいればいい……って言うけど。俺って、どんなん?) 身の回りのことは、セシアが全部お世話してくれているのだ。 自分は何をしている?、とふと考えてみれば、 ユリアスの差し入れを嬉しそうに頬張っていたり、 楽しそうにウサギのルビーと戯れていたり、 と特に何をしているでもなく、暢気に過ごす姿しか思い浮かばないのだから途方に暮れる。 (もしかして、明るく振舞っていればいい……とかかな?) いやいや違うだろう、と埒もないことを能天気に考えている内に、 シンプルな、けれど豪奢な素材であつらえられた超キングサイズの寝台が どーんと主張している部屋の中にいた。 どうやらユリアスの寝室にたどり着いていたらしい。 覆っていたヴェールを取り払われた藤也は、 進む方向に顔を傾けたのとほぼ同時に感嘆する。 「うっわー、綺麗……」 独特の風合いと洗練されたデザインの鉄製建材で面格子された両開きのガラス扉は、 とてもお洒落で、美しいシルエットを醸し出しているのだ。 一番硬くて頑丈とされる鉄で造られた優美な扉は、 外見だけではなく、防犯性を確保されていることが伺える。 そして、ユリアス就きの侍女たちによって静かに開かれた、 その見事な扉の先は緩やかに右へと湾曲した通路となっていた。 同じような面格子されたガラスが嵌められている、 長く続く天井からは木漏れ日が注がれ、これまた美しい陰が浮かび上がっている中、 芸術に浸りながら更に奥へと進んでいくと、同じ両開きのガラス扉が現れる。 「その先が、そなたの居殿ぞ」 ―――居殿…。 それは、王妃専用に建てられた大きな一つの住まいである。 呼び名は異なるが、ハリファにいた頃に住まわせてもらっていた マディーナ王女の内殿と、同様なものらしく、規模は大きいのだという。 「疲れたであろう……?」 部屋へ踏み入たユリアスはそう労いの言葉を囁くと、 室内を見回し、無駄にキョドる藤也を楽しそうに見つめながら、 とても広くふかふかとした寝台の上にそっと降ろした。 その刹那、サイドテーブルに置かれていた見覚えのあるバスケットの篭が、 ガサッという音共に揺れる。 「嘘ッ! も、もしかしてルビ――?!」 嬉しくて舞い上がりそうになる藤也を制し、 彼の傍らに篭を置いたユリアスが、彼の為にその蓋を開けた途端、 待ってましたとばかりに、 ピョコンと可愛らしい愛嬌のルビーが藤也に向かって飛び出した。 「うっあぁ、ルビ――ッッ。良かった、元気になったんだな!」 抱き留めると思いっきり顔を近づけ、スリスリと頬ずりする。 大人気なくもルビーにさえ嫉妬に近い感情が芽生え、 いい加減、動物臭くなるからそのくらいにしろ、と開きかけた唇は、 「ユリアス、ユリアス。助けてくれて、本当にありがとう//」 そうじんわりと涙を浮かべながら、述べられた感謝の言葉で完全に閉じてしまった。 心底喜ぶ姿に、あの時、自分の取った行動が正しかったのだと痛感させられる。 藤也の侍女が血相を変えて現れた時は、何事かと思ったのだ。 だが、なんのことはない。 ウサギが死に掛けているというだけなのである。 取り巻く臣下同様、たかがウサギ一匹……そう思ったのだ。 だが、愛しいそうにそのウサギを胸に抱く藤也の顔が脳裏に浮かんだ瞬間、 ユリアスの行動は早かった。 ルビーの為に、国中から専門の医師と薬物学者を呼び寄せていたのである。 今は、助かって良かったと切実に思うユリアスは、 事を終わらせ、少しでも早く藤也の体を休ませてやろうと、 廊下に控えているであろう者の名を呼ぶことにした。 〜To be continued〜 |
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Fate 65
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- 2008/07/16(Wed) -
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改められた後宮制度の御触れのおかげで、後宮内は騒然としていた。
そうして、いつになく人々で溢れてごった返してはいるのだが、 一際マディーナの私室の前の通路は、野次馬の人垣が出来ていた。 喧しい中、女官の手によって窓枠に掛けられている、 粗風に靡くコバルトブルー色のクロースが静々と外されていく。 ―――そのほんの数分後。 厳かに開かれた私室の扉から現れた、 大事そうに側室を自ら抱えるユリアスの姿を目にした誰もが驚きで言葉を失い、 一瞬にして静寂が訪れる。 普段の陛下からは想像できない、その甘い雰囲気を醸し出している姿に驚愕し、 本来ならば、人垣を排除するべく動くはずの女官たちですら、 一瞬呆然とさせられてしまうほど、それは衝撃的な事だったのである。 けれどユリアスは、そんな惚ける彼女たちを咎めることなく歩み出ていた。 それだけで、垣のように立ち並んだ人の群れがサッと割れていく。 そうして現れた、元あった通路を訪れた時のように多くの女官を従えて、 花道を抱きかかえられて悠然たる歩みで渡る中、 藤也は、小っ恥ずかしいやら、嬉しいやらで頬を染めながらも幸せに浸っていたのだった。 ◇ ◇ ◇ 後宮を出て長い通路を渡ると、入り口を衛兵にガードされた、 国王の私生活の場である正居殿へと進む。 その際、横に控えていた二十名前後の女官を率いる、 四、五十代と思しき上品な女性の前で、ユリアスの足がピタリと止まった。 彼女は穏やかな笑みを浮かべると、深々とお辞儀をする。 (……あ。えっと、確か名前は――…) 「エドゥーラ、さん?」 名を呼ばれた一瞬、目を見張って驚くも、顔を綻ばせて喜び、 「良き此の日を迎えられましたことを、心よりお祝い申し上げます」 そう頭を垂れながら祝賀を述べたエドゥーラに、 うむ、と短く頷いたユリアスは、とても充実して満足そうな表情を見せた。 「この者たちは、全てそなた専任の女官だ」 (えっ?) 「こ、こんなに沢山――?!」 「歴代の王妃就きの数に比べれば、半分にも満たぬ」 (えぇ――!) 唖然として穴が開きそうなくらいに目を見開き、口をポカンと半ば開けたままの、 新しき主となった藤也に向かってエドゥーラが敬い、慎み、 「このエドゥーラ、全身全霊で勤めさせて頂きます」 そう廉潔に述べるや否や、彼女の後ろに控えていた者たちが一斉に平伏していく。 両手と額を床に付けるようにして畏まられることは、 以前にも一度経験してはいるものの、 自称平々凡々で、まだ王妃というものに慣れるはずのない藤也が、 その姿を前にして舌を巻き、どぎまぎしてしまうのは尤もなことなのかも知れない。 けれど、なんとか平静を取り戻した彼は、ふとあることに気づき、 ユリアスの服を無意識に掴むと、強く引っ張った。 「ユ、ユリアス。俺の記憶が正しければ、彼女……女官長じゃない?」 数多いる女官たちのトップに立つ人が、 自分に就くのは恐れ多いと、縋るような視線を向ければ、 クスクスと鼻先で笑いを零すユリアスに、 本来、女官長とは王妃の側近奉仕のことを総括するものなのだ、と諭される。 単に、多くの女官たちを総括するものなのだと思っていた藤也は、 驚きを露にさせたものの、それでも長い付き合いになる人なのだと瞬時に理解する。 「至らないことがあると思いますが、よろしくお願いします」 そう言って会釈し、これからお世話になる気持ちを顔に表わすのだった。 エドゥーラが、ユリアスの母君であるユリアナに仕えていた女官の一人であったことと、 数いる女官の中で、彼女の信頼を一心に得ていた人物だったということは、後日ばなしである。 〜To be continued〜 |
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Fate 64
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- 2008/07/16(Wed) -
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(――俺が正妃?ほ、本当にぃい?!)
貴石のような輝きを見せる藤也の円らな黒い瞳は、惘然と大きく開かれている。 確かに、イラスーン王国へ連れてこられる前に、正妃に迎えるとは言われていた。 だが、実際に正妃になったと聞かされても、何処かピンと来ないのだから仕方がない。 (だって王妃だよ、王妃!) 「あ、いや……そ、その、何……ていうか。信じられないっていうか? そ、そりゃ、そう言ってたけどさぁ、 でもマジで此処からは、出られないって思ってたし……」 びっくりしちゃって、と支離滅裂になりながらも、何とか笑みを浮かべる。 日本に例えれば皇室。 雲の上にいるような「国の象徴」たる皇族になど、 著名な者でない限り、ほとんど関わることはないだろう。 それでも、この二年という歳月で、“王族”というものに慣れ、親近感は沸いて来てはいる。 けれど生まれながらにして王族であるユリアスやディアナとは違い、 ごく平凡な中流家庭に生まれて、ごく普通な高校生をしていた庶民なのだ。 漸くここにきて、 大国の王妃というプレッシャーの波に漠然とする不安に包まれた、 藤也の心臓は動悸するかのようにリズムが乱れ、目の前が真っ暗になりそうになっていた。 「何だ、浮かない顔をして……」 嬉しくはないのか、と憮然とした声音で問うユリアスに、 藤也は強張ったように固まりかれている顔を引きつらせながら、 「お、俺で……いいの?」 動揺して言葉を詰まらせながらそう問い返せば、 何を今更……とでも言うかのように、鼻先でフッと軽く笑いを零される。 「望んでいるのは、そなたなのだ。他の者などいらぬ」 そう熱っぽい眼差しを向けながら言う。 「…や。だって俺、王妃なんて大役……」 勤まるのかな、という不安に染まった言葉は、 ぐっと抱き寄せられた肉厚な胸板に押しつぶされて消えてしまう。 「大丈夫だ。そなたは、そなたのままでいれば良い」 戸惑いの色を濃く浮かべる様子に、 (まあ、仕方あるまいな……) と心の片隅で思いながらも、 藤也の心中などすっかりお見通しなユリアスは、 気を張ることや、滅入る必要はないのだと諭すように聞かせる。 王妃として己の傍らに立つことを切望し、 「急くでない。そなたは独りではないのだ」 そう言葉を投げかけた彼は、互いに支え合い、 共にゆっくり、良き国へと導く為に少しずつ歩めばいいのだと明朗に紡ぐ。 すると不思議なことに、 その低く浸透する穏やかな声と、包み込む大きく暖かい肌の温もりが相乗して、 ガチガチなまでに硬くしていた身体から緊張が取り除かれていく。 ―――どうして欲しいと思う時に、 こういつも心の奥に沁み込むような言葉をくれるのだろうか……と、 ユリアスの広い胸に自然と凭れ掛かかりながら、 いつしか心を落ち着かせていた藤也は、そう思わずにはいられなかった。 そうして穏やかな時は流れていく。 顔のラインをなぞるように触れた指先が顎で止まり、 そっと持ち上げられた藤也の視線が、 瞳の奥を窺わせているユリアスの真摯な眼差しと重なり合う。 じっと覗き込むように見つめられて、不思議に思ったのだろう。 キョトンとした表情をしながら、長い睫をパタパタとしば叩かせている。 その様子から、平常心を取り戻したのだと確認したユリアスは、女官たちに命じる。 「城へ戻る」 その声に一早く反応したのは、外出用のヴェールを手に取り、 素早く藤也の頭上から掛けたセシアである。 よく心得た侍女だ、とちらりと彼女を一瞥したユリアスが、 彼を抱き抱えて立ち上がろうとした時だった。 「ま、待ってユリアス!」 女の子のように横抱きされて、そのまま外へ出ることに抵抗を覚えた藤也が、 自分で歩くから下ろして、と言いながらはにかむ様な仕草を見せたのだ。 いつものユリアスならば聞き流すところなのだが、 素直に藤也を解放したのには理由があった。 今日は無二の存在を、正室の座を争い続ける側室たちに知らしめる好機なのだ。 公然で抱き上げれば恥ずかしがって拒絶するのが有り体に分かる彼は、 腰を萎えさせようと目論見、意図して激しい情交の連夜を重ねたのである。 案の定、一旦下ろされた藤也の腰には力が入らなかったのだから仕方ない。 崩れるようにその場に座り込んでしまった愛しい者を見つめる、 その内心は、してやったりと言うかの如く、にんまりと微笑んでいた。 そうして頬を染めながらも、 渋々、身を任せたざる得なかった藤也をその腕に抱いたユリアスは、 ことの他、幸せの笑みを見せるのだった。 〜To be continued〜 |
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Fate 63
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- 2008/07/03(Thu) -
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―――黎明を迎え、空の色が明けはじめてから数刻近になる頃、
イラスーン王国内の後宮は、いつになく騒然とした雰囲気に包まれていた。 それもそのはず、 国王であるユリアスが側室と一晩を共にすることなど、 未だかつて一度としてなかったことなのである。 後宮入りした際のお初通いはもちろん、 後継者を生すために足を運ばせていた時でさえ、 側室と過ごす時間は必要最小限に留められていたのだ。 その上、通常の時とは比べ物にならないほどの多くの女官たちが、 私室の出入り口という出入り口を全て厳重なまでに警備しているという徒ならぬ様子に、 マディーナが正室に選ばれたのではないかという噂が飛び交い出していた。 正午近くになると、女官長から見直しされたという新しい後宮制度が公に発表され、 事態は収拾がつかぬほど驚きで混乱し、再び騒然となっていた。 ◇ ◇ ◇ さらに一昼夜、ユリアスにたっぷりと愛された噂の主である藤也は、 王国の正式な宮廷衣装を纏わさせられ、上品な絹の寝床に横たわっていた。 額と首と耳朶には、 ペアシェイプ形のベリー・ダーク・ブルーの大粒な宝石がきらきらと輝いている。 透明度の高いかなり強い輝きのある最上級のサファイアは、王室の象徴でもある。 そして藤也の細い手足の肌には、 ダーク・オレンジ色のレース模様が女官らの手によって描かれていた。 主な原料はヘンナというハーブの一種である。 ペースト状にしたものを専用の搾り出し袋に入れ、 細い先端から搾り出すようにして描かれるメヘンディーと呼ばれるそれは、 女性が結婚式やめでたい行事の時などにするもので、 発色が濃いと結婚後の生活が上手くいくとか、 いいお嫁さんになれるというような言い伝えがあるという。 甘酸っぱい香りが鼻孔をくすぐるのは、その発色を良くする為に、 ライムの果汁でお砂糖を溶いたものが模様の上に塗られていあるからであり、 長時間掛けられて完成したメヘンディーは、二週間以上消えないという。 ユリアスは、そんなあまりに美しい藤也の姿を恍惚と見つめていた。 そしてやさしく抱き起すと、そっと口づけを落とす。 (ん……っ) 眠りの中にいる藤也は、息苦しさに弱々しい抵抗をするかのように小さく身じろいた。 「……や、藤也」 低く澄んだ声が、体に心地よく染み渡っていくように鼓膜へと届く。 (――…誰? ユリアス……?) ゆさゆさと肩を揺さぶられた藤也の意識は、 次第に抱き込まれた腕の中でゆっくりと覚醒する。 「……あっ」 (ゆ、夢じゃなかったんだ……//) 間近のユリアスの姿にビクッと反応して、咄嗟にしなやかな体を硬直させた途端、 「ぁぅ……っ」 体の奥に、連日の情交の熱が燻り続けている口元から、鼻に抜ける甘ったるい声が漏れた。 自分の発した、その声音にうろたえたながら顔を赤らめて立ち所に瞳を伏せる姿に、 一瞬、目を見張ったユリアスは、すぐにその眼差しを少し困ったようなものへと変える。 「無理をさせてしまったな。少し辛いか?」 声は少し嗄れ、すぐにでも熱が下半身に集中してしまいそうな身体は鉛のように重い。 けれどお互いに愛し、愛された時間はとても幸せで、藤也は迷うことなく首を横に振った。 (……え?) 額や耳朶に揺れる、見覚えのないものに気付き、怠く重い手を動かしたその瞬間、 「なっ……」 視界に映った、自分の手に施されている美しい柄を見て、驚いて固まってしまった。 この二日間というもの、何度となく熱い情交を繰り返していたのである。 その合間に時折、 「動かないで下さいませ」 と、何故か口々に女官らに注意を受けた記憶がおぼろげながらある藤也は、 休む体に何かをされていたという感覚は、これだったのか、と合点がいったものの、 「こっ、これは一体……何?!」 掌を見つめながら慌てた声を漏らせば、 うっとりとするかのように深みある紺碧の瞳を細め、 「よく似合っている。綺麗であろう?」 と紡いだ後の続く言葉に、美しい黒い瞳が驚愕に大きく見開かれる。 「そなたの名は改名され、 藤也・アズ・マディーナ=レヴィダヤジード・イラスーンとなったのだ」 (―――…ッ!!) レヴィダヤジード・イラスーン……それは、イラスーンの正妃という意味である。 無意識に生唾を飲み、ごくりと喉を鳴らした藤也に、 これで堂々と名を呼べるな、とユリアスは嬉しそうに微笑むのだった。 〜To be continued〜 |
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