Fate 18
- 2008/04/07(Mon) -
ファティマが天幕から消えた途端、俺はたちまちに猛烈な勢いで不安になる。
わけわかんなくなって、あんな風に淫らになるのは……怖くて、怖くて仕方ない。
(……あんなのは、絶対に俺じゃないッ)
心の中で、そう強く思っている所為だろうか。 
俺を狂わすフェロモンを垂れ流すユリアスが動いた拍子に、拒絶が始まる。
(……やっ……ヤダッ!) 

―――ドクンッ。    

声に出していたんだろうか。    
目を不快そうに細めたユリアスがゆっくりと歩み寄ってくる。
    
―――ドクン、ドクン……。

興奮しておかしくなった時とは違う気がするけど……。    
心臓の刻む鼓動が早まっていく。 

(い、嫌だ……っ!)

これから起こるだろう羞恥と恐怖に戦慄き、 
「嫌ッ。お願い……来ないで!」 
それでも視線を外せないでいる俺は、晩秋の湖を連想させる深く青い双眼へ向けて叫んでいた。 
「何んだと?」 
ユリアスの、凍りつくような冷たくなった眼差しが、俺を捕らえて絡めとる。 
俺は立たない腰で後ずさり、無意識に両腕で怯えた身体を抱きしめながら震える口を開く。 

「あ……あんな風になるのは……嫌っ」 
告白した俺の視界が、じんわりとぼやける。
 
激しく動揺していた俺は、気づいていなかったんだ。 
エキゾチックでまったりとする、あの特有な甘い香りが立ち込めていないことに。 
俺の頭の中は、近づくことを拒絶する感情一色に染まっていたのだ。 

「嫌だッ。いや……誰か……!」 

一層険しく眉間を寄せ、鋭く目を細めたように見えるユリアスが一歩、また一歩と近づいてくる。
忍び寄る恐怖に俺の身体は硬くなり、ぎくりと身を竦ませた。
「―――誰を呼ぶのだ?」
ファティマか?と、迫力の在る、低く重たい声音で迫ってくる。
「呼んでも無駄だぞ。あれは俺の忠実なる腹心だ」
口の端をわずかにひしゃげて言い放つ。

(……そ……それ以上来ないで!お願いだから……)

俺の瞳から、塞き止められなくなってしまった涙が溢れ、ハラハラと零れ落ちていく。
一瞬、困ったようにユリアスは足を止めた。
憮然としたその口元からは、気づかないような小さな溜息が漏れていた。

気づけば間近に迫っていて、自分に向けて伸ばされてくるユリアスの手が視界の隅に映り、ギュッと硬く瞼を閉じる。
「……俺を見ろ」
少し荒げた声に、嫌だと首を激しく左右に振るう。
だが、ユリアスは拒絶するのを許さなかった。
むんずと腕を掴まれ、グイッと強引に引き起こされた俺は、ユリアスの逞しい胸の中にいた。

フェロモンが漂っていると思い込んでいる俺は、必死に暴れて抵抗する。
実際は、腰の立たない状態の俺は、ユリアスに支えられていたのだが、そんなことには、まったく気づかない俺は、ただがむしゃらに腕を動かし続けた。
俺がぼこぼこ殴ったり、爪を立ててひどく乱暴に振舞っているのに、ユリアスは微動だにしない。
どれほど抗っても強靭な体躯の彼には、びくともしないのだ。
やがて体力を使い果たし、疲れ切った俺は身体から力が抜け、ユリアスにもたれかかっていた。

大人しくなった俺の身体を優しく抱きしめながら言う。
「そなた、頭に血が上っていて気づかなかったらしいが、俺は香を出してはおらんぞ」
(…………へ??)
涙でぐちょぐちょになった顔を上げれば、冷たく威圧するような視線は消え失せ、俺を安心させる穏やかな表情のユリアスがいた。
(あれ……。じゃなんで俺、こんなに動揺して暴れてたんだ?)
我に返り、ふとそう思った俺の顔は、アホじゃないか、とみるみる内に赤くなっていく横で、
「……俺とて、然う然う出しっぱなしにするわけにはいかぬ」
と、顔を逸らし、何故か少し困ったような、口ごもるような口調で言葉を零す。
そんなユリアスのことを、自分のことはすっかり棚に上げててしまった俺は、じっと見つめていた。
「何をそう驚いておる?」
ちらりと俺を横目で見ると、唇の端をゆるく噛んでいた。
(あれ? もしかして……恥ずかしがってる?)
そう思ったら、何だかユリアスが可愛く見えてしまい、クスクスと笑い声が溢れる。
その刹那、俺の肩越しに顔を埋めたユリアスの、俺を抱く腕に力が入る。
「あまり俺を煽るな」
珍しく切羽詰ったような声音に、ドキッとして身じろぐ。
そんな俺に、
「動くな」
と、眉をひそめながら一言囁いたユリアスは、唯々ずっと抱きしめていた。

トクトクと伝わる、やわらかな鼓動。

(あれ、おかしいな……俺)

―――甘く、もどかしいような感覚が俺の中で目覚めていた。

〜To be continued〜

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