Fate 36
- 2008/05/04(Sun) -
兵士や騎士や官僚などの邸宅や殿舎などが連なって形成されている地区を抜けると、城門の入り口が現れた。
馬を降りた俺はユリアスに連れられ、その先へと歩む。

公卿や近衛騎士団の宿舎である白堊殿を抜けると、見事な中庭が広がっていた。
中央には宮殿まで続く長い池が造られており、その水面に映る美しい宮殿の姿が、時折、風で揺らめいている。
王宮というものに見慣れているはずの俺は、その土木技術と規模の大きさに圧倒されていた。

宮殿からは放射状に通路が走り、それぞれ、国王の私生活の場である正居殿、王妃やその子供らの住むために用意されている居殿、皇族の居殿と、白堊殿に繋がっていると言う。
そして……正居殿内の奥には後宮の入り口へと続く通路が併設されている。

衛兵に警備された壮麗な扉が開かれ、通路の中央に敷かれた豪奢な赤い絨毯の上を、衣擦れの音を微かに立てながら進む。
すると、随所にある繊細で、精巧で素晴らしいな装飾された壁面の通路の先に、数人の人だかりが出来ていた。

(―――強くありなさい……)

鈴を転がすような声が、ふと俺の頭の中に広がった。
それは、カナールの離宮で甘い紅茶を嗜みながら、ユリアスの母であるユリアナが俺に語った言葉だ。
「迷いは隙を生みます。それは貴方を、延いては陛下の命取りに繋がるかもしれません」
神妙に話しかけられた俺の心臓は、鷲掴みにされたようにグサッときた。
一瞬、目の前が真っ暗になったほどに……。
だから、と前置きを述べた彼女の言葉は続いた。
「陛下と共に歩むことに迷いがあるのなら、今すぐ、ここからお逃げなさい。 時間稼ぎをするぐらいの時間は作ってあげられるわ」
まるで俺を試すようなことをうすく笑いながら 、けれどその視線は、真っ直ぐに向けられていた。
唇の端をキュッと噛みしめながら、首を横に大きく振って答えた俺に、
「ならばこの先、どんなことが起ころうと、決して陛下の手を離してはいけません」
あの時、そう俺に諭した言葉が心の中に浸潤する。
(―――強くありなさい……)
そう思いがけずに過ぎったユリアナの声は、俺を強く引っ張ろうとしてくれるようだった。

「……藤也?」

不安げな声音で名を呼ばれた俺は、一度強く瞼を閉じ、そして深く息を吸った。
けれど再び開かれたその瞳には、もう迷いの陰りはなかった。
心配そうに俺を見つめているユリアスに、微笑を浮かべて応える。

「お待ち申し上げておりました」

自分から一歩前へ進み出た俺に、数名の近習小姓を率いる年配の女官長が平伏して、出迎えの言葉を述べた。
「マディーナ様にお仕えできることを光栄に存じております。何なりとお申しつけ下さい」
その柔らかな声は、大らかでやさしそうな雰囲気を醸し出している。
「……ありがとう……。どうか、顔を上げてください」
鼻の奥をツンとさせた俺は、彼女の視線の高さに合わせるように腰を落とすと、
「不束者ですが、よろしくお願いします」
はにかむような苦笑を零しながら手を差し出した。

自分に向かって差し伸べられた手に、思わず目を見張った女官長だったが、すっとその手を取って額に掲げ敬う。
そして藤也の微笑みは、ただ声もなく、その成り行きを見守っていた他の近習たちをも一瞬の内に魅了し、心酔させてしまったようだった。

ファティマの手にする黒いヴェールを掴み取ったムスタファは、無造作に俺の顔を覆い隠すと、
「マディーナ殿の容姿のことは、一切漏らすことを禁ずる。よいな?」
人を圧するような厳めしい声を発した。

いつになく取り乱したように、がばっと後ろから強く抱きしめたユリアスの、
「すぐに会いに行く」
そう囁いた言葉を耳に留めた俺は、未知なる世界へ続く、細い通路へ足を踏み入れていった。

〜To be continued〜

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