Fate 38
- 2008/05/05(Mon) -
「う―――ん…」

上等な窓掛の裾を掴み、その隙間からチラチラと外の様子を覗き見ている藤也は、珍しく難しい顔をしていた。
その手には、後宮の正室たちの資料を書き留めたものが握られている。
何度も食い入るように読み返した頭の中には、十二名のデーターがばっちりと入っているのだが、 資料からすると、そこに新しくつけ加えられるだろう自分は、 下から三番目辺りになるらしい。
しかも、皆さん……年上な方ばかりなのだ。

「ねぇ、セシア。やっぱり、挨拶しに行くべきかな?」

(ご近所づき合いは大切なんだから〜)
と、語っていた母の言葉が、何故か頭の中で木霊している藤也の、 眉根を寄せ、そわそわしながら、 そう問いかける表情は不安気で頼りないものだった。
何しろ、こういう手のことは全く経験がなく、どうしたらいいのか、さっぱりわからないから困るのだ。
そんな様子を、微笑ましく見つめていたセシアは、
「お気持ちはわかりますが、ムスタファ様も必要ないと仰っていたのですから……」
やんわりと問い掛けに答えながら、藤也のためにカモミール・ティーを入れようと腰を上げている。 

彼女たちは、自分より劣っている立場にある存在には、然程興味を示さないというのだ。
だから、あえて自分からアピールして刺激を与えるべきではない、と言うことらしい。
藤也自身も、わざわざ荒立てるようなことをする気は更々ないものの、閉じこもっていると余計なことを考えてしまいそうになるのだ。
窓掛をバサッという音を立てて、自分の身を包み込んだ彼は、戸惑いを一掃させようと、思い切って外へ出てみることにした。

頭部からすっぽり掛けられた黒いヴェールは、より姿を見せ難くするように二重に重ねられたものである。
その分、視界も甚だしく悪い。
それでも、部屋に閉じこもってうだうだと考えてしまうより、断然気分は良かった。

美しく咲き乱れる花壇に設けられた東屋の前で、侍女を大勢引き連れた婦人が慌しそうに通り抜けていく。
見事なまでにスルーされ、さっきまで挨拶をしに行くかどうかで頭を悩ませていた彷彿した自分の姿に、苦笑いを零していた。

「邪魔よ、お退きなさい!」

その耳障りな威圧するような声に視線を向ければ、どこぞの姫君が、崩れるようにして地面に座り込んでいた。
どうやら、先ほど素通りして行った婦人に突き飛ばされたらしい。
「まぁ、なんて酷いことを……」
無意識にセシアの口から、悲痛な声音が漏れていた。

傍らに侍女らしい老婆を従えている彼女は、余程の痛みらしいのか、動けずにうずくまっている。
その様子を目に留めた瞬間、藤也は躊躇いを見せずに走り寄っていた。

「大丈夫ですか?」
と、苦悶の声を漏らしている姿に問いかければ、
「……ええ、大丈夫です」
けれど、そう答える彼女の表情は苦痛に満ちていて、つぶらな瞳には溢れ出しそうな涙を浮かべている。
そんな彼女のドレスの裾に触れ、そっと捲り上げてみれば、花壇の淵に激しくぶつけてしまったらしく、脛の辺りが惨いまでに腫れ上がり、切れた傷口からは、痛々しそうに血が滲み出していた。
弁慶の泣き所と言われる向こう脛は、骨の上を覆う肉が薄いために、少しぶつけただけでもかなり痛い場所なのだ。

(うあ、メチャメチャ痛そうじゃん!)

「早く手当てをしなきゃ」
そう言って手を貸そうとする藤也に、彼女は首を横に振りながら口を開く。
「わたくしに関わりになられると、貴方様まで面倒に巻き込まれてしまいます……」

放たれた言葉に、嘆かわしい色を浮かべる表情を露にした藤也は、大きく深い溜息を吐き出し、自室に運ぼうと彼女の身体を抱え上げようとした時だった。

―――藤也の行動は、大きな影に阻まれる。

〜To be continued〜

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