Fate 42
- 2008/05/09(Fri) -
―――草木も眠る深更。

藤也の私室のドアが静かに開く。


物音を立てぬように中へ入ったユリアスは、上から纏っていた黒い覆いをパサリと脱ぎ捨てた。
そして、寝台の上で安らかな寝息を立てて眠る、藤也の傍らへ行き、薄明かりの中、そっと寝顔を覗き込む。

特務を帯びて、後宮へ潜り込ませていたラウルから連絡が入ったのは、通常の執務をこなした後、秘密裏に動かしている者たちと共に私生活の場である正居殿へ戻った時だった。
あれほど、後宮内では大人しくしていろと言ったのに、他の側室に声をかけた上に、あろうことか、戻るように口ぞえをしたラウルを無視し、私室まで上がり込んだと報告を聞かされた時は、腹立ちを覚えた。
そして、絶対にヴェールを取るなという約束を無にして容姿を見せたことに、ぶち切れそうになった。
この俺以外に、心を許すことなど有ってはならぬのだ、絶対に。

「どうしてくれようぞ」

熱り立った感情は抑えきれず、噛みしめた唇の端からは、血が滲み出していた。
けれど、すぐにでも飛んで行き、その煮えたぎる思いを存分なまでに分からしめさせてやりたい衝動を、後宮内を刺激し、藤也の身を危険に晒すことになるという実情が、なんとか踏み留まらせたのだ。
そうして燻り続ける感情を身の内に置きながら、深夜まで待った俺は用心を重ね、今まで纏ったことのない黒い布で身を包み、後宮へと続く細い廊下を渡った。


当然のように心穏やかに眠り続ける姿に、再びカッとなって頭に血が昇っていくのを覚えた俺は、激情のまま、身体に掛けられた毛織物を剥がす。
そして間おかず、寝床に横たわっている藤也の上に荒々しく馬乗りに跨ると、両手で掴んだ上品なネグリジェを一気に左右に引き裂いた。

―――ビリリッ…という聞きなれない音と違和感に、藤也の意識が朧げに浮上し始めるものの、その身に何が起こっているのか、までは認識出来ずにぼんやりとした目で、俺を視界の隅に捉えている。
簡単にヴェールを取れぬようにと、消えない痕をたくさん浮かび上がらせるために、藤也の首筋をきつく吸い上げた瞬間、ビクッと反応した彼は、咄嗟にしなやかな身体を硬直させた。

「やっ、嫌―――…ッ!」

大声を上げて叫びながら悶え、手といい足といい、動かせる部分という部分は全て動かして必死に抗いを見せ始める。

「やだ、やだッ。離せってば―――!」

細かに震わせている、折れてしまいそうな華奢な身体。
どんなに声を荒げようと、甘いとしか思えない、拒絶する声音。
そしてその弱々しい抵抗は、ユリアスの中に芽生えた加虐心を刺激させ、煽って止まない。
声も、顔も、身体も、それが藤也である以上、誰にも譲るつもりはないし、触らせたくもないという、強い独占欲は、いっそこのまま攫って、正殿の小さな隠し部屋に閉じ込めてしまおうかと思うくらいだ。
もちろん、そんなことができるなら、端からこんな後宮になど入れているわけはない。
獰猛な雄の顔を呈したユリアスは、ギラつかせる肉食獣のような目を細めると、襲い掛かった。

「んん……ぅ」

藤也の両腕を頭上で一塊に押さえつけ、素早く歯列を割って侵入させた舌を、荒々しく突き動かし、藤也の舌先を捉えると執拗に吸い上げ、絡め取り、我を忘れたように、可憐な唇を貪り続ける。
だが、薄明かりの中で恐怖心で一色に染まり上がっている藤也は、相手が誰かということすら、考えている余裕はなく、逃れようと蹂躙する舌先に噛みつく。
そして自由になった口で、

「助けて、セシア―――ッ!!」

無意識に侍女の名を呼んで助けを求めた藤也に、
(こやつ……)
この俺がわからぬのか、と逆鱗したユリアスの、ギリリっという歯軋りの音が零れる。


藤也の進退きわまるような悲痛な叫び声に、灯火を手にして慌てて駆け寄れば、バタバタと手向かいを見せる藤也の上に乗り上げているその姿は、見覚えのあるものだっただけに、セシアは愕然とする。

「ユリアス様、これは一体……」

驚きに、思わずそう口を開いて問い掛ければ、
「明かりを置いて下がるがよい」
冷たく言葉を吐き捨てる声音は、いつになく恐ろしく鼓膜を振るえさせる。
「ですが、藤也様が……」
嫌がっておられますとひるまず言葉を続けようとしたセシアは、
「下がれと申しておるのだ!」
聞こえぬのか、と怒りを露にしたユリアスに逆らいを見せることは出来なかった。
ただ偏に、藤也につらい思いをさせないで頂きたいと願いながら、
「……仰せの通りに」
そう呟くように儀礼を述べた彼女は、後ろ髪を引かれる思いを胸に秘めたまま、ぱたりと小さな音を立てて、扉を閉めた。

〜To be continued〜

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