Fate 47
- 2008/05/25(Sun) -
「きゃあぁ?!」

突然聞こえた、幼く、高い悲鳴に慌てて振り返った直後。

―――ドタン…ッ。

目の前で繰り広げられた光景に一瞬呆然とし、
私室のダイニングテーブルに腰掛けて寛いでいた藤也の弛緩した指先から、
ユリアスの差し入れてくれたアマンドショコラが落下する。

「うぅ、痛っ……たぁ」

落ちる寸前に顔を両腕で庇ったらしく、痛そうな表情で腕を擦っている、
窓枠から足を踏み外して落下した思いも寄らない小さな侵入者に、 
藤也は慌てて駆け寄った。

無謀にも共を連れずに現れた少女の名前は、ヘレナ。
バティスト王国出身の側室であるヒルダの生んだ、イラスーン第一王女である。 
もうすぐ、七歳を迎えるヘレナ王女との出会いは二日前に遡る。

     ◇     ◇     ◇

約束を違えたと、ユリアスにたっぷりお仕置きをされた身体は、
翌日いっぱい、ベッドから降りるのが億劫になるほど甘い気だるさが続いていた。
手鏡に映し出された首元には、 
ここぞとばかりに真っ赤な所有の証が転々の残されている。

「ちょっと、付けすぎだよ//」

もぉぅ、と頬を少し膨らまし、痕を陶然となぞりながら呟く言葉は、 
うっとりと幸せに満ちた響きで醸し出されている。
顔をわずかに赤く染め、
不平を漏らす姿を微笑ましく見つめているセシアは、心が逸らずにはいられなかった。
女性の装いをしているとはいえ、彼はれっきとした若い男性である。
刺繍などの趣味があるわけでもなく、読書が苦手だという藤也が、
一つの狭い部屋に何日も大人しくしていられないことを熟知している彼女は、 
彼のために、後宮内の全ての側室たちが行き交う時間と、 
それに使われる経路を丹念に調べる日々を送っているのだ。
そんなセシアが、接触を最低限にして安全を図らなければと痛感させられたのは、
それから更に数日が過ぎたある日のことである。

他の側室とかち合わないようにと、
セシアが自分のために、後宮内の流れを調べてくれていることを知っている藤也は、
もんもんとしながらも私室で大人しく過ごしていた。
けれどその努力は、空しくも、訪れたとある側室の侍女によって霧散させられ、
差し出された、親睦を深めるという名目のお茶会への招待状を前に、 
藤也は人知れず溜息を零した。
親睦を図るということよりも、寧ろ相手の情報を探るためのものだという“お茶会”。
どうやら、ユリアスに禁じられているはずのお茶会なるものは、 
水面下で開かれているらしい。

仮に参加したとしても、ヴェールは取ることも出来ない。
ましてや、お茶を飲まないことは、失礼に当たる……という暗黙のルールがあるとなれば、
断るしかないのだが、やっかいなことに側室の順位の下なる者は、
直接本人に断りを申し出なければならないのだ。 
 
仕方なく、セシアを連れてお招きをしてくれた側室の元へ伺った藤也は、
多くの侍女たちに取り囲まれるようにして迎い入れられた。
小さな声で囁かれているものの、けれどはっきりと届く嫌味の数々にうんざりとさせられる。
中には、ユリアスが定例としている、
“お初通い”すらされていない見捨てられた側室様だと、クスクス楽しそうに話す姿もある。
侍女たちは仕える主を称え、そして彼女達の多くは、  
主より階下な側室を嘲笑することを楽しみにしているのだと聞かされていた藤也は、
それを切実に実感させられ、心が虚空する。 
 


鼻腔を狂わさんとばかり、かなりきつい香油の香りに胸がうっと気持ち悪くなるのを抑え、
断りを終えた藤也を出迎えてくれた、 
窓掛からちょこんと顔を出したルビーがあまりにも可愛らしく、

「ああん、ルビ―――!」  

外から首の鎖を外すと抱き上げて、ヴェールの上からすりすりと頬で擦る。 
 
―――けれど、荒んだ心を一掃させてくれるルビーを抱き、感無量な面持ちの藤也は、
その傍らを偶然通り過ぎようとしていた人たちがいることに気がつかないでいた。


〜To be continued〜
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