Fate 49
- 2008/05/27(Tue) -
信じられない者を見たかのように大きく目を開き、
あんぐりと口を開いたまま言葉すら発することのできない藤也に、
一瞬やさしい温かみに溢れた眼差しを投げかけた彼女は、何を隠そう。
本物のハリファ王国の第一王女のマディーナである。

ジェマと呼ばれた側室を静観していたヒルダ婦人が、
パチンっと閉じた、手にしている扇子の先をマディーナに向けると横槍を入れる。

「誰ぞや?」

「僭越ながら女官長・次官を拝命致しました、名をディアナと申します」
以後お見知りおきを、とそう答えた彼女に婦人の猛追は続く。
「そのように若く、若輩な者が次官とはいえ官職などに就けるはずがないであろうに。
一体どのような手腕を振るったのであろうな? 」
ニヤリと不適に顔を歪め、慄然とする声音で唇を翻したというのに、
「ご期待に副えなくて申し訳ありませんが」
と、瞳に怒気を宿らせることなく前置きを述べたマディーナが、
その言葉は、女官長次官を任命された国王陛下を侮辱するのと同じだと、
余裕の表情を見せながら威圧的な声で告げた途端、さすがに分が悪いと悟ったのだろう。
顔色を変えた婦人は悔しそうに整えられた眉根を寄せ、唇を噛みしめる。

「失言を取り消してたもれ」
そう忌々しそうに囁き、ちらりと藤也を見遣った彼女は、
「ごきげんよう」
という言葉を残すと、
ゾロゾロと有り得ない数の侍女たちを引き連れて、そそくさとその場を離れていく。
ふぅっと息をつき、消え行くその姿を見届けたマディーナは、
静謐な笑みで俺を見つめ、元気そうでよかったわ、とほぼ二年ぶりに言葉を紡いだ。


―――ベシェという街を後にした、
幼馴染だという専属騎士の一人を連れて異国を旅していたマディーナは、
次の目的地である波止場を目前に、
ユリアスの放った部下たちに捕らえられたのだという。

そのままイラスーン王国に護送され、
ユリアスから俺の身に起こったことを一通り聞かされた語る彼女は、
ハリファ王女の名と身分を捨てて別人となり、
半ば強制的にイラスーン王国で働くよう勧められたらしい。
それは俺が偽者だと世間に知られることを危惧し、
真実を知る者たち全てを目の届く範囲に置いて監視する、
というのがユリアスの意図するところなのだということは伺い知れる。
尤もそれだけで、重要な地位に就かせるほど愚かなはずもなく、
マディーナ自身の知的で優れた才を買っているのは間違いないだろう。
けれども、そんな強引とも言えるユリアスの申し出を惜しげもなく首を縦に振り、
承諾したという彼女は、
本当の意味での自由を与えてくれたと感謝の言葉を漏らして嬉しそうに微笑むのだ。
そんな姿に、複雑な心境を抱かずにはいられない。

……なのに、だ。
自分のことは、すっかり他所に置き、
「藤也はものすごく愛されているようだけど、藤也自身も陛下を愛しているの?」

そう、真摯な眼差しで爆弾発言を平気で落としてくれるから堪らない。
恥ずかしさに顔を赤らめ、俯いてしまった俺の様子を肯定と受け留めた彼女は、
一方的でないことに安堵の息を漏らす。
「もっとゆっくり話を聞かせて貰いたいけど……」
残念そうに苦笑する彼女自身も、
就いた次官という現状は、その若さからしても容易なものではないらしい。
周知に認めさせるためにも、与えられたもの以上のことをこなし、
成果を挙げなければならない彼女は揚々とし、忙しそうに執務へと戻っていった。

―――それが、二日前の出来事である……。

そして現在、窓枠から足を踏み外して落下した、
思いも寄らない小さな侵入者に駆け寄った藤也だったが、
吸い込まれそうな深い碧色の瞳にじっと見つめられ、
しっかり、ばっちりと隠されていなければならない素顔を見られていることに、はたと気づく。

(ひぇ゛……ぇ、これは不可抗力だよね?)
心の中で、ユリアスのお仕置きを思い出した藤也がぼやく中、
「この綺麗な人は……誰じゃ?」
そう傍らに寄った侍女のセシアに問う声を耳朶に触れ、困惑する。

一方の、問うた本人も幼いながらも訝しげに、けれど目の前の始めて見る、
後頭部で丸く纏められた絹の様に艶やかな髪と、
輝石のような黒い瞳を備え持つ美しい容貌を捉えたまま、動かずにいた。

「失礼ですが、ここが御側室・マディーナの私室だとご存知でいらっしゃいますよね?」
ヴェールを被ってはいない藤也を、マディーナだとは露とも知らないヘレナ王女に、
侍女のセシアが確認を促せば、当然じゃ、と答えが返る。
どうやら彼女は、
抱くことを許して貰えなかったウサギのルビーを見に忍び込んだらしいのだった。


〜To be continued〜

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