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Fate 51
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- 2008/06/01(Sun) -
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雲一つなく澄み切った青い空に、太陽が高々と天頂に昇る正午近く。
この時間帯は、後宮内の人々も昼食や、その準備に忙しく追われ、 また、外出するには日差しが厳しいために、その数時間の間は人通りはほとんど無くなる。 乾いた熱風が全身を掠める中、 ウサギのルビーを小さなバスケットに押し込んだ藤也は、 侍女のセシアの後をゆったりした足取りで歩いていく。 二人が目指す先は、緑の草が生い茂った中に水の湧き出る泉のある涼しげな、 けれど華やかな後宮内の人々は見向きもしない静かな一角である。 それは、目的地を目前にして続く細い階段に足を踏み入れた時だった。 何処からか、微かに何か叫び声のような声が聞こえたように思えた藤也の足が止まる。 「今、人の声が聞こえなかった?」 この辺りは、時間を掛けて念入りに調べ上げた、人の気配のないはずの場所である。 瞬時に耳を澄ませたセシアは、そんなはずは……と、 声を潜めて放とうとした言葉を飲み込み、周囲を確認しようと階段を駆け上がり出す。 階上の脇から突然現れた、猛烈な勢いで下りようとする何者かが激しくぶつかったのは、 その直後だった。 一歩間違えれば階段を踏み外し、大怪我を負っていたかも知れないというのに、 その人物は謝りも入れず、しかも“しまった”とでも言うような表情を露にさせたのだ。 そうして慌てて顔を掌で隠すと、そのまま駆け下りて行く姿に、 (―――嫌な予感が……する) 何故かそう感じ取った藤也はセシアを追い抜き、一気に階段を駆け上がる。 見回した、手入れをされていない下草の生えている周辺には、特に何もなく思えた。 だが、木立の中にある泉から漏れ聞こえた変わった水音に違和感を覚えたのと同時に、 藤也の足は素早く動いていた。 日の光りを浴びてキラキラと煌く水面には、揺れ広がる大きな波紋。 そしてその中心辺りに、 たくさんの小さな気泡と共にゴボッと大きなものが混ざり合って浮かび上がっている。 「マ、マディーナ様ッ?!」 手にしていたバスケットを地面に置くや否や、 唐突なまでに覆っていたヴェールを無造作に取り去ってしまった藤也が、 いきなり泉の中に飛び込んだのだから、セシアは落ち着きを失わずにはいられなかった。 時間にすれば大したものではないものの、周囲を警戒しながら、 ハラハラさせた彼女の前に潜り込んでいた藤也が水面から顔を覗かせたかと思うと、 「セシア、手を貸して!」 危機迫る声音で叫ばれたセシアは、これ以上にないという驚きの顔を呈しながらも、 その腕に抱えている、ぐったりとした幼い男の子を水際に引き上げる。 「医師と、この子の母親を早く連れてきてッ」 そう命を下され、慌てて踵を取って返すセシアを視界の隅で捕らえながら、 仰向けにさせている少年の呼吸が止まっていることを確認した藤也の心臓は、 命を失ってしまうかもしれないという厳しい状況を前に動揺し、 ドクンドクンと痛いように激しく鼓動を刻んでいる。 けれど、精神面では冷静さを何とか失わないでいる気丈な藤也は、 小・中学生の時に入っていた、 ボーイスカウトで習った人工呼吸の方法を思い出すと忠実に辿っていた。 少年の頭部を下げて、顎を上へと上げて気道を確保させると、 鼻をつまみ、そして胸が軽く膨らむ程度に息を吹き込む。 それを二回繰り返すと、見つけた肋骨縁の合流点を触れる左手の指先に、 右手掌のつけ根を宛がうようにして置き、もう一方の手を重ねる。 そうして垂直に体重をかけて、 胸骨を押し下げるように注意しながら心臓マッサージを試みること数回。 「……ぅ」 と言う、奇跡的に小さなうめき声を漏らした少年の身体を横向きにさせた刹那、 ―――ゴホッ、ゴホッ…。 大きく咳き込むのと同時に、小さな口元から大量の水が吐き出される。 しばらくすると、苦しそうにしていた乱れを見せていた呼吸も安定し、 ホッと胸を撫で下ろした藤也は、少年の、顔に貼りついた前髪をそっと掻き揚げた。 ユリアスの面影がひしひしと伝わる面を目にしながら、 本当に間に合って良かったと、痛切に感じて涙がじんわりと滲む視界の後方で、 バタバタと駆け寄る足音に振り返れば、医師を従えたセシアが目に留まる。 そして、その後ろの顔色を蒼白させた第一夫人の姿を捉えた瞬間、 はたと自分の素顔を人目に晒していることに気づき、 慌ててヴェールを手繰り寄せて被った藤也の細い指先が、 完全に意識を取り戻した少年の掌に柔く掴まれた。 「……大丈夫?」 ユリアスと全く同じな、深海を連想させる濃いブルーの瞳の中で、 皆既日食のように放射状に黄金のダイヤモンドリングを輝かせる虹彩に囚われながらも、 安心させるように、ふっとやさしく微笑みを見せた藤也は、 その場を医師に譲るように立ち上がると後ろへと下がり、恭しく夫人に頭を垂れる。 そんな姿を一瞥させた第一夫人であるルイーザは、 イラスーン王国皇太子である息子のルキウスと、 その息子を診察する医師の様子を心配そうに交互に見つめている。 十分過ぎるほどの時間を掛けた診察が終わり、 「対処が適切であったおかげです」 と告げた医師が藤也に礼の言葉を述べてその場を後にすると、 念のためにと、ルキウスを抱きかかえた一行も、 「そなたに感謝を……」 全身ずぶ濡れとなり、 ヒタヒタと雫を滴らせている藤也に、そう短い言葉を残した夫人に追随する。 医師を含む、その場に居合わせた御付の者たちに向かって、 「彼の方は、ルキウスの命の恩人。なれど、その姿は決して他言するでない。よいな?」 口を強めて威圧するように明言した夫人は、 遠目からだったとはいえ、しっかりと藤也の姿を目にしていたのだろう。 けれど、そのことには深く追求しようとする様子は垣間見せずに立ち去っていったのは、 偏に感謝の賜物なのかもしれないと、そこはかとなく思う藤也は、 風邪を引いてしまったら大変だ、 とバスケットを抱えたセシアに急くように引っ張られ、来た道を戻っていく。 ―――この時の藤也は、この後……自分の身にも危険が迫るということを知る由もなかった。 〜To be continued〜 |
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