Fate 54
- 2008/06/09(Mon) -
藤也の命が狙われた……という秘めやかな知らせは、
使用されたという可能性の高い毒物が記された資料と共に、
直ぐにもディアナの元に届けられた。

女官長の詰所の一つである、
後宮内の入り口付近に設けられている職務室の椅子に座り、
依嘱した部下からの情報を文机の上で纏め上げていた彼女は筆を止め、
覚えた義憤に心を落ち着かせようと、ぎゅっと瞼を閉じる。
そうして未遂で終わったことを深く神に感謝し、
再び開かれた彼女の眼差しは、きりりと引き締まっていた。

新たな人生を与えてくれる切っ掛けを作ってくれた藤也の為にも、
そしてユリアスに任命された女官長次官としての大事な初仕事でもある彼女は、
後宮内で起きた暗躍させた者たちを一掃させるべく、
疑いの色が最も高くなった、難癖のある第三夫人の私室へと自らの足を向ける。
道義に外れたことを平気で成そうとした犯人を、絶対に許すことは出来ない、
と痛切に思う彼女の細やかな右掌は硬く握りしめられていた。


―――その頃、目の辺りを真っ赤に腫らさせた藤也は、
ハラハラとした面持ちで、ルビーの身に起きた出来事と容態を、
戻ったセシアから聞かされているところだった。

「ドクウツギ……?」

聞いたことのない名前に、疑心に満ちた声が漏れる。

「何でも、林縁などに見られる落葉低木の一つらしいですわ」
そう口を開いた彼女は言葉を続ける。

「この果実の種子の部分には猛毒が含まれていて、
誤食すると嘔吐や手足の痺れ、そして呼吸停止や心拍停止を引き起こすそうです」

「そ、そんな危ない物がどうして後宮内に……」

呟くように問い返した藤也に、
ドクウツギの赤から黒紫色に熟した実は甘くて美味しいらしいと、
記されたドクウツギの果実と種の絵を見せながら説明する彼女自身も、
その植物のことを知らなかったらしい。
 
そして、毒を持っているものでも、簡単に入手できるものは割と多いのだと、
王城に集められた毒の専門家たちは話していたという。

例えば、可憐な花で愛でられる“すずらん”。
一般的な花屋で売られている植物だというのに、
実は血圧低下や心臓麻痺などの症状を引き起こす猛毒を持っている、
ということを花が好きな母親から聞いて知っていた藤也は思う。

仮に見たことのない果実であったとしても、だ。
厳しい検問も、目前で食さえすれば、危険なものと認識される可能性は低くなるだろうし、
ましてや、綺麗な花があちらこちらに植えられている後宮内に、
花壇に蒔く“種”として申告されてしまえば、
容易に持ち込めてしまう類のものかもしれないのだ……と。

そんな、食べれば命を落としてしまうという、ドクウツギの種子。
それが意図的に細かく刻まれて、
クッキーの中に入っていたのだと聞かされた藤也は、  
人とは比べ物にならないほど身体の小さなウサギが食べてしまったことに胸を痛め、

「それじゃ……それじゃ、ルビーはどうなっちゃうの?」

顔を青ざめさせながら、セシアに問う。  
すると彼女は、狙われたのが自身だというのに、そのことには全く触れず、
ルビーのことを一心に心配している、心根の優しい主に柔らかな笑みを向けた。

確証を得てはいないものの、
山に住む猿が、その熟れた実を種ごと食べることから、
人以外の動物にはあまり強い効力がないのか、もしくは解毒作用が働くのか……、
渋々不思議そうな表情を晒しながらも、 
そう述べていた専門家の言葉を一言一句間違えずに伝えた彼女は、
あんなにもぐったりとして状態の悪かったルビーが、医師が到着する頃には、
容態が安定し出していたことに驚きを隠せなかったと漏らした。  
 
どうやら、“藤也のお気に入り”であるウサギは、  
もはやユリアスにとっても只の小動物ではなくなったらしい。 
初めて藤也と会った時には、物の様に放り投げられていた彼も格上げされ、 
投薬を開始する前に、元気を取り戻しつつあったものの、
完璧に治せと命を下した専門科の医師の元で、
もうしばらく手厚い治療を受けることになったらしい。 

―――そうして、ルビーは無事だと聞かされた藤也は、
やっと安心できたと安堵の溜息をつくと、椅子の背凭れにしな垂れ掛かったのだった。


〜To be continued〜

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