Fate 58
- 2008/06/19(Thu) -
ヒルダ夫人が姿を現せたのとほぼ同じくして、 
ユリアスから身体を離した藤也は、後ずさると部屋の隅まで下がっていた。
事件に巻き込まれ、侍女に命を狙われた当事者としては、 
その成り行きの基盤となる原因を作り出したのではないかとされる、 
最も疑いの色が濃い人物の出現に驚きながらも、
真実を知ろうと、瞳の奥を探るようにして静観しようとしていたのだった。  
 

詰所が後宮内の一角に建てられているとはいうものの、
如何に夫人であろうと、王の近くへ寄る際に許可が不要となるのは、
私室で迎え入れる時だけなのである。
その為、それほど広くはない室内中ほどで、夫人は歩みを止める。

「ご機嫌麗しゅう」

優雅に挨拶を述べながら、
お手本ともいえるほどの完璧な拝礼は、息を飲む如く華麗なものである。
そうして徐に面をもたげ、刺々しくも口を開く。

「これはこれは、珍しい方々のお集まりですこと」

それからゆっくりと意味有り気に視線を寄こされた、 
ゾッと寒気を覚えた藤也の背筋が凍る。
何故か、彼女のその禍々しいような眼差しで囚われると、
まるで蛇に見込まれた蛙のように身がすくんで動けなくなってしまうのだ。
その冷たい視線が逸らされて解放された瞬間、本人も知らぬ間に嘆息が漏れていた。
どうやら、相変わらず慣れる兆しはないようだ。

そんな戸惑ったような藤也の様子を視界の隅で捕らえていたユリアスの感情に、 
再び静かなる怒気が宿る。
回りくどいことは言わぬ、と単刀直入に前置きを述べた後、

「ヒルダ、その方……」

そう言葉を掛けられた彼女は、
“そなた”から目下扱いされて呼ばれたことに訝しい表情を見せる一方、
そんなことには全く気に留めることなく一旦ちらりと、
床上で小さく身を丸く縮こまらせている侍女を覗き見たユリアスは、
罪や責任があるとして責めるべく、疑いの言葉を問う。

「そこなる侍女を使い、我が息子・ルキウスを亡き者とせしめ、
その身に新たなる後継者候補を、身篭ろうと策したことに相違ないか?」

核心を突かれたはずなのに、微塵も動揺した様子はなく、余裕すら見せ、 
小さいながらもクククッと笑止する声を零す夫人は、
口元を広げた派手やかな扇子で隠すと、

「そのような大それた事、このわたくしが成すとお思いになられるのですか?」

嫣然と微笑み、疑いを持った確たる証拠を見せて欲しい、
と逆に詰め寄ろうとさえするのは、
確たる証拠など存在していないのだと自信を持っているのだろう。
実際、全ては間接推理に基づき、
夫人が限りなく黒いと推し計っているに過ぎないのだ。

(―――やはり、素直には認めぬか)

顎に手を置き、心の中でそう分かりきっていたように呟いた、
ユリアスの後方に控えていた宰相であるムスタファが、
手にしている調書らしき物の紙面を捲りながら、
夫人に言葉を投げ掛けようと口を開く。

「困ったことに、国の中枢を担うはずの元老院の構成員の中に、
個人的に側室各々方の祖国との行き過ぎた関係を持つ者たちがおりまして……」

「行き過ぎた関係?」

幾分目を細めて問う夫人に、
ええ、と相鎚を打ちながらもフッと胡散臭く笑うムスタファは、
担当の国の側室様を有利なように立たせる見返りとして、
彼らは高額な金品等の不正な報酬を受け取っていたのだと漏らす。
つまるところ、賄賂である。

本来、良き国に導く為にと開設されたはずの元老院ではあるが、
王と同等、もしくはそれに近い力を持つ所為なのであろうか。
権力と己のエゴに突き動かされた彼らは一線を越え、
公の地位や立場を利用して私腹をたらふく肥やしていたのである。 
自分たちとは比べ物にならないほど歳若い王を前にし、  
知る由もないと高を括っていた彼らは、  
あえてユリアスが見て見ぬ振りをして来たことにすら、気づくことはなかったのだ。 
捕らえる為に泳がされていたと知った時は、 
既に言い逃れが出来ないほど私財が豊かに潤っていたのである。
 
水面下で、側室たちの祖国との癒着を内密に調べさせていた彼が、
集まった証拠や証人を基に、六名もの構成員を捕らえたのは、つい先日のことである。
その数は、元老院の半数近くに上ることから、
解散させる方向を視野に入れているユリアスは、現在、組織を凍結させている。

その中で、既に実行されていたとは露ほども知らぬ、
夫人の祖国であるバティスト王国担当の者が、刑を軽減させる条件で口を割り、
彼女が企てているという暗殺計画の概要と、
母体選びの際には、ヒルダ夫人を後押しするようにと、
内通させていた侍女に告げられていたことを暴露したのである。

その時の大まかな内容を名指しで読み上げたムスタファに対し、
夫人は、この暗殺未遂事件には一切関与してはおらず、
自分の計り知らぬところで持ち上がっている事なのだと、主張するに留まる。

「そのような戯言。
大方、わらわをのことを思う、その侍女が勝手に仕組んだ事なのであろう」

そう語り、閉じた扇子の先を向けられた上に、甚だ迷惑なことだと、
スパッと切り捨てたというのに、それでも仕える主を信じ、犯罪行為に手を染めた侍女は、
恐怖と絶望に戦慄かせている腕を伸ばすと、最後の救いを求めるのだった。


〜To be continued〜

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