Fate 63
- 2008/07/03(Thu) -
―――黎明を迎え、空の色が明けはじめてから数刻近になる頃、
イラスーン王国内の後宮は、いつになく騒然とした雰囲気に包まれていた。

それもそのはず、
国王であるユリアスが側室と一晩を共にすることなど、
未だかつて一度としてなかったことなのである。
後宮入りした際のお初通いはもちろん、
後継者を生すために足を運ばせていた時でさえ、
側室と過ごす時間は必要最小限に留められていたのだ。

その上、通常の時とは比べ物にならないほどの多くの女官たちが、
私室の出入り口という出入り口を全て厳重なまでに警備しているという徒ならぬ様子に、
マディーナが正室に選ばれたのではないかという噂が飛び交い出していた。

正午近くになると、女官長から見直しされたという新しい後宮制度が公に発表され、
事態は収拾がつかぬほど驚きで混乱し、再び騒然となっていた。

     ◇     ◇     ◇

さらに一昼夜、ユリアスにたっぷりと愛された噂の主である藤也は、
王国の正式な宮廷衣装を纏わさせられ、上品な絹の寝床に横たわっていた。

額と首と耳朶には、
ペアシェイプ形のベリー・ダーク・ブルーの大粒な宝石がきらきらと輝いている。
透明度の高いかなり強い輝きのある最上級のサファイアは、王室の象徴でもある。

そして藤也の細い手足の肌には、
ダーク・オレンジ色のレース模様が女官らの手によって描かれていた。 
主な原料はヘンナというハーブの一種である。
ペースト状にしたものを専用の搾り出し袋に入れ、
細い先端から搾り出すようにして描かれるメヘンディーと呼ばれるそれは、
女性が結婚式やめでたい行事の時などにするもので、
発色が濃いと結婚後の生活が上手くいくとか、
いいお嫁さんになれるというような言い伝えがあるという。

甘酸っぱい香りが鼻孔をくすぐるのは、その発色を良くする為に、
ライムの果汁でお砂糖を溶いたものが模様の上に塗られていあるからであり、
長時間掛けられて完成したメヘンディーは、二週間以上消えないという。

ユリアスは、そんなあまりに美しい藤也の姿を恍惚と見つめていた。
そしてやさしく抱き起すと、そっと口づけを落とす。

(ん……っ)

眠りの中にいる藤也は、息苦しさに弱々しい抵抗をするかのように小さく身じろいた。

「……や、藤也」
低く澄んだ声が、体に心地よく染み渡っていくように鼓膜へと届く。

(――…誰? ユリアス……?)

ゆさゆさと肩を揺さぶられた藤也の意識は、 
次第に抱き込まれた腕の中でゆっくりと覚醒する。

「……あっ」
(ゆ、夢じゃなかったんだ……//)

間近のユリアスの姿にビクッと反応して、咄嗟にしなやかな体を硬直させた途端、

「ぁぅ……っ」

体の奥に、連日の情交の熱が燻り続けている口元から、鼻に抜ける甘ったるい声が漏れた。
自分の発した、その声音にうろたえたながら顔を赤らめて立ち所に瞳を伏せる姿に、
一瞬、目を見張ったユリアスは、すぐにその眼差しを少し困ったようなものへと変える。

「無理をさせてしまったな。少し辛いか?」

声は少し嗄れ、すぐにでも熱が下半身に集中してしまいそうな身体は鉛のように重い。
けれどお互いに愛し、愛された時間はとても幸せで、藤也は迷うことなく首を横に振った。

(……え?)

額や耳朶に揺れる、見覚えのないものに気付き、怠く重い手を動かしたその瞬間、

「なっ……」

視界に映った、自分の手に施されている美しい柄を見て、驚いて固まってしまった。
この二日間というもの、何度となく熱い情交を繰り返していたのである。
その合間に時折、
「動かないで下さいませ」
と、何故か口々に女官らに注意を受けた記憶がおぼろげながらある藤也は、
休む体に何かをされていたという感覚は、これだったのか、と合点がいったものの、

「こっ、これは一体……何?!」 

掌を見つめながら慌てた声を漏らせば、
うっとりとするかのように深みある紺碧の瞳を細め、

「よく似合っている。綺麗であろう?」

と紡いだ後の続く言葉に、美しい黒い瞳が驚愕に大きく見開かれる。

「そなたの名は改名され、
藤也・アズ・マディーナ=レヴィダヤジード・イラスーンとなったのだ」
 
(―――…ッ!!)
 
レヴィダヤジード・イラスーン……それは、イラスーンの正妃という意味である。
無意識に生唾を飲み、ごくりと喉を鳴らした藤也に、
これで堂々と名を呼べるな、とユリアスは嬉しそうに微笑むのだった。


〜To be continued〜
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