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Fate 73
- 2008/08/05(Tue) -
寝起きでまだ少しぼーっとしている頭の藤也でも直ぐに気が付くほど、
いつも明るくお茶目な様子とは一変していた。
目の中へ入れても痛くないほどに愛らしいと思う顔が、苦しそうに歪められているのだ。
只事ではないと悟り、口を開こうとするや否や、

「……ご、ごめんなさい」

突然、大粒の涙を零しながら謝られて、何のことだかさっぱりな藤也は、

(え゛、えぇッ?!)

「ちょ…、何? どうしたの? な、何があったの?!」

慌てふためき、側にいるセシアに訊ねたものの、
彼女も杳として知れず、不可思議そうに眉を寄せている。

「わらわの所為で、ヒ…クっ。
レヴィ母(かー)さまの大切なルビーに、酷い目を遭わせてしもうた……」
 
そう言われて、何だ、ルビーのことかと安堵した藤也は、ほっと安堵の溜息をついた。
けれどその次の瞬間、

(レヴィ母さまの、レヴィ母さまの、レヴィ母さまの……)

木霊するかのように、
頭の中でリフレーンする“レヴィ母さま”というその聞きなれない、
馴染みの全くない言葉が彼の身体を硬直させていた。
 
確かに自分の名は改名され、
“藤也・アズ・マディーナ=レヴィダヤジード・イラスーン”
という舌を噛むような長ったらしい名前になったのだ。
王女の言うレヴィとは、
正妃という意味のレヴィダヤジードを短くしたものでないかと伺えるものの、 

(……母さま、って何?? 俺のこと??)

いきなりの、母さま発言に動揺する藤也は、
円らな眼をパタパタと瞬かせ、独り逡巡させていた。

寝所の外で控えている担当の女官たちは、
唐突なまでに嗚咽を漏らして泣き止まない王女と、
見事に固まってしまっている王妃の只ならぬ様子に顔色を青くさせ、
どうしたものかとオタオタとざわめき出している。
困ったセシアは堪らずに声を掛けた。

「マディーナ様?」

名を呼ばれてハッと我に返った彼は、
いけない、ぼーっとしてる場合じゃなかったんだ、
と気を持ち直すとヘレナに向かって微笑み、
寝台の上を軽く叩いて、此処へおいでと手招きをしてみた。
けれど、王女は顔をフルフルと横に振るうと、

「レヴィ母さまの、ヒ…クっ。寝台の周りは、父上だけのものなのじゃ。
わらわは、近づけぬ……」

そう言われて、またまた目を真ん丸くさせて驚かさせれた藤也は、
そういう決まりごとみたいなものがあるのか、と苦笑するも、
王女が自分に近づけないのなら、と寝台から腰を上げるのだった。

そうして戦慄かせる小さな王女の傍らに寄るとそっと抱きしめ、
ユリアスが自分にしてくれた時のように彼女の背中を優しく擦り続けた。 

どうやらユリアスは、ヘレナが理解できる範囲内で、
彼女の母であるヒルダ夫人就きの侍女が仕出かした皇太子の暗殺未遂や、
毒入りの菓子の件を話していたらしい。

この手の話題性に飛んだスキャンダラスな事件は、
いくら口外するなと口止めをしたところで、
何処からとなく漏れ広がる可能性は十分にあると踏んだのだろう。
噂となって聞き知るよりも、先に自分の口で伝えるべきだと思うのは当然である。

「ヘレナは悪くないよ。全然悪くないんだからね」

知らなかったとはいえ、藤也の元へ毒菓子を運んでしまい、
結果的には藤也ではなく、つまみ食いしたルビーが一時生死を彷徨ったのだが、
それを自分の所為だと言って泣き続けていた王女の涙も、やっと止まる頃、
藤也の空いたお腹が、ぐぅぅ〜と鳴る。

(うひゃ、格好悪過ぎ――! もう何でこんな時に鳴るんだよッ//)

けれど、さっきまで鳴いていた烏がもう笑ったとはよく言ったもので、
ぶうたれる藤也を見上げる王女は顔を真っ赤にさせ、
クスクスと漏れてしまう笑い声を、それでも必至に堪えようとしている。
その可愛さと言ったら……。

お腹を鳴らしている自分のことはすっかりと棚の上に置き、
愛らしくて思わずギュウぅと抱きしめてしまう藤也は、
こうやって可愛い王女様を遠慮なく抱きしめられるんなら、
“レヴィ母さま”と呼ばれようが、何と呼ばれようが全然いいや、と思うのであった。


〜To be continued〜

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