Fate 5
- 2008/03/19(Wed) -
アルザスが、宮殿までの道案内を侍女のセシアに命じたが、
「それには及ばない」と断った男は、
籐也に一礼すると、共にいた数人の男たちを引き連れ、
何事もなかったかのようにその場から離れていく。
その様子を後ろ目で確認しながら、アルザスは籐也の背後についた。

―――一方の藤也は、この世界へ来てから、
数えるくらいしか内殿から出たことがなかったため、
久しぶりの外側の風景を楽しみながら歩いていた。
外側といっても、宮殿内の中庭なのだが、
それでも今の籐也にとっては、新鮮でうれしいことだった。
そして、この囲われた生活も、
もうじき終わるのだと思えば、それほど苦にも感じない。

マディーナ王女には、出来ることなら正式な侍女になって、
いずれ嫁ぐであろう国に一緒に付いてきて欲しいとは言われている。
でも、一度きりの人生だから、
後悔しないように自分の進みたい道を考えてから決めてくれればいいと言う。
常に他人のことを一番に考えている彼女に、自分は何をして上げられるのか。
そう考えた時、王女として生まれた瞬間から、
己の意思など汲んではもらえない生活を強いられてきた彼女に、
短い期間ではあるが、二年間という自由時間をプレゼントしたんだ。
内殿に入れる者は、ごく少数に限られていたし、
王女は嫁ぐまで容姿を隠さなければならないという風習は、計画に好都合だった。
そして、その代わりに俺に考える時間を与えてくれた彼女が、まもなく帰国の途に着く。

この世界のことすら、ほとんど何も知らない状態で、
進む道を決めること自体無理だということに気づいた俺は、
結論を出すのは簡単だった。
王女と共に同じ道を進めば、
行動の自由に何らかの制限が付くというマイナス面はあるだろうけど、
生活に困ることは少ないはずだ。
でも俺は、この先どんなに苦しくなろうとも、
自分の足で立って歩いていきたいと思うんだ。
だからその為にも、まず、この世界を知ることから始めようと思う。
知らないことだらけということは、どんな小さな発見にもワクワクするもんだろ?
(実際、さっきも知らない国の人に会ったし……)
あんな瞳をしている人が、この世界にはいるんだ、そう思った瞬間、
(うあぁ、待ったッ。今のなし、なし―――!)
あの身体が熱くなって変になってしまった自分を、
すっかり頭の隅に置くことで忘れていた藤也は、
頭を激しく左右に振って、慌てて否定した。

「マディーナ様?」

突然、妙なことをした所為か、後ろを歩くセシアが驚いている。
「ごめん、ごめん。なんでもないから」
少しのことにでも気を掛けてくれる、
俺にはもったいないくらいによく出来た侍女に、あははと笑って笑みを返す。
でも、一度気になりだしてしまったら、後には引けなくなるのが人情だろ?

「ねぇ、アルザス。さっきの人から、変わった香りがしなかった?」
それでも、ストレートに聞くのを躊躇った俺は、ちょっと話を濁すことも忘れない。
「あの人たちが、イラスーン王国の人なの?」
すると、アルザスは、ぴたりと足を止めて振り返える。
「そうですね。今、この宮殿に滞在することを許されているのは、
イラスーン王国の方だけですから」
「やっぱり、イラスーンの人だったんだー」
気持ち、ほんのりテンション上げて明るく振舞う俺。
「で、マディーナ様。変わった香りとは?どのようなものでしょうか」
目を細め、辛辣な表情のアルザス。
(あちゃー。全然、濁ってないし……)
「うーん。……ちょっと刺激的な甘いような香りなんだけど」
俺がそう言うと、アルザスは眉間にしわを寄せながら遠くを見つめ、逡巡する。
「特に、そんな香りはしていなかったと思いますが」
そう答えて、お前は思い当たらないかと視線をセシアに流したが、
彼女も首を横に振るだけだった。
(……ってことはやっぱり、妙な気分になっちゃったのって俺だけなのかな)
そんなことは、当然おくびにも出さない。

「その香りが、何か?」
「ううん、気の所為だったかもしれない」
俺は、肩を竦めて両手をあげ、降参のポーズをしてみせる。

あの時、自分の傍にいた二人が、二人とも匂いを嗅いでいないという。
そして、何だかんだであの場にわさわさといた人たちの中で、
おかしくなったのは自分独りだけらしい。
(ってことは、薬のような作用をもたらすという、特別なお香とかじゃなさそうし……)
そういう危険なものを使われていたなら問題だけど、
そうじゃなみたいなら大事にする必要はないよね?と、ひっそりと思う俺。
(……ってなると、あれだ。フェロモンってやつ―――?)
他に思い当たるものがなかった俺は、本当に実在するのか知らないけど、
フェロモンの所為だと勝手に思い込むことにしたのだ。

それにしても、今更だけど、あれはかなり強烈で、刺激的だった上にヤバかった。
(俺って、もしやフェロモンに敏感なタイプなのか……?)
顎に手を置き、
(いやいや、違うだろ。
きっとあの男の出すフェロモンには、前に“スーパー”がついてるんだ)
などと、自分は普通なんだと思えるよう、
無理やりに言い訳を考える自分に苦笑している頃、目的地に到着していた。


侍女のセシアと何やら楽しそうに笑いを飛ばしながら、
内殿の敷地の中へ足を踏み入れていく、
籐也の後姿を見ながら、アルザスは思い出していた。
挑発するような態度をし、獲物を狙うような鋭い目つきをした……あの男のことを。
そして、願う。

―――このまま、何も起こらなければいいと……。


〜To be continued〜

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Fate 6
- 2008/03/20(Thu) -
アルザスが、宮殿までの道案内を侍女のセシアに命じたが、「それには及ばない」と断った男は、
籐也に一礼すると、共にいた数人の男たちを引き連れ、何事もなかったかのようにその場から離れていく。
その様子を後ろ目で確認しながら、アルザスは籐也の背後についた。

―――一方の藤也は、この世界へ来てから、数えるくらいしか内殿から出たことがなかったため、        
久しぶりの外側の風景を楽しみながら歩いていた。
外側といっても、宮殿内の中庭なのだが、それでも今の籐也にとっては、新鮮でうれしいことだった。
そして、この囲われた生活も、もうじき終わるのだと思えば、それほど苦にも感じない。

マディーナ王女には、出来ることなら正式な侍女になって、いずれ嫁ぐであろう国に一緒に付いてきて欲しいとは言われている。
でも、一度きりの人生だから、後悔しないように自分の進みたい道を考えてから決めてくれればいいと言う。
常に他人のことを一番に考えている彼女に、自分は何をして上げられるのか。
そう考えた時、王女として生まれた瞬間から、己の意思など汲んではもらえない生活を強いられてきた彼女に、
短い期間ではあるが、二年間という自由時間をプレゼントしたんだ。
内殿に入れる者は、ごく少数に限られていたし、王女は嫁ぐまで容姿を隠さなければならないという風習は、計画に好都合だった。
そして、その代わりに、俺に考える時間を与えてくれた彼女が、まもなく帰国の途に着く。

この世界のことすら、ほとんど何も知らない状態で、
進む道を決めること自体無理だということに気づいた俺は、結論を出すのは簡単だった。
王女と共に同じ道を進めば、行動の自由に何らかの制限が付くというマイナス面はあるだろうけど、生活に困ることは少ないはずだ。
でも俺は、この先どんなに苦しくなろうとも、自分の足で立って歩いていきたいと思うんだ。
だからその為にも、まず、この世界を知ることから始めようと思う。
知らないことだらけということは、どんな小さな発見にもワクワクするもんだろ?
(実際、さっきも知らない国の人に会ったし……)
あんな瞳をしている人が、この世界にはいるんだ、そう思った瞬間、
(うあぁ、待ったッ。今のなし、なし―――!)
あの身体が熱くなって変になってしまった自分を、すっかり頭の隅に置くことで忘れていた藤也は、
頭を激しく左右に振って、慌てて否定した。

「マディーナ様?」

突然、妙なことをした所為か、後ろを歩くセシアが驚いている。
「ごめん、ごめん。なんでもないから」
少しのことにでも気を掛けてくれる、俺にはもったいないくらいによく出来た侍女に、あははと笑って笑みを返す。
でも、一度気になりだしてしまったら、後には引けなくなるのが人情だろ?

「ねぇ、アルザス。さっきの人から、変わった香りがしなかった?」
それでも、ストレートに聞くのを躊躇った俺は、ちょっと話を濁すことも忘れない。
「あの人たちが、イラスーン王国の人なの?」
すると、アルザスは、ぴたりと足を止めて振り返える。
「そうですね。今、この宮殿に滞在することを許されているのは、イラスーン王国の方だけですから」
「やっぱり、イラスーンの人だったんだー」
気持ち、ほんのりテンション上げて明るく振舞う俺。
「で、マディーナ様。変わった香りとは?どのようなものでしょうか」
目を細め、辛辣な表情のアルザス。
(あちゃー。全然、濁ってないし……)
「うん。……甘いような香りなんだけど」
俺がそう言うと、アルザスは眉間にしわを寄せながら遠くを見つめ、逡巡する。
「特に、そんな香りはしていなかったと思いますが」
そう答えて、お前は思い当たらないかと視線をセシアに流したが、彼女も首を横に振るだけだった。
(……ってことはやっぱり、妙な気分になっちゃったのって俺だけなのかな)
そんなことは、当然おくびにも出さない。

「その香りが、何か?」
「ううん、気の所為だったかもしれない」
俺は、肩を竦めて両手をあげ、降参のポーズをしてみせる。

あの時、自分の傍にいた二人が、二人とも匂いを嗅いでいないという。
そして、何だかんだであの場にわさわさといた人たちの中で、おかしくなったのは自分独りだけらしい。
(ってことは、薬のような作用をもたらすという、特別なお香とかじゃなさそうし……)
そういう危険なものを使われていたなら問題だけど、そうじゃなみたいなら大事にする必要はないよね?
と、ひっそりと思う俺。
(……ってなると、あれだ。フェロモンってやつ―――?)
他に思い当たるものがなかった俺は、本当に実在するのか知らないけど、フェロモンの所為だと勝手に思い込む。

それにしても、今更だけど、あれはかなり強烈で、刺激的だった上にヤバかった。
(俺って、もしやフェロモンに敏感なタイプなのか……?)
顎に手を置き、
(いやいや、違うだろ。きっとあの男の出すフェロモンには、前に“スーパー”がついてるんだ)
などと無理やりに言い訳を考える自分に苦笑している頃、目的地に到着していた。


侍女のセシアと何やら楽しそうに笑いを飛ばしながら、
内殿の敷地の中へ足を踏み入れていく、籐也の後姿を見ながら、アルザスは思い出していた。
挑発するような態度をし、獲物を狙うような鋭い目つきをした……あの男のことを。
そして、願う。

―――このまま、何も起こらなければいいと……。

〜To be continued〜

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Fate 7
- 2008/03/20(Thu) -
周りに大きな国々が隣接するという、
地理的に不利なハリファ王国の利点といえば、
大陸のほぼ中央に位置していることだ。
広大な陸地を渡る商人たちなどの中継地点にあたるため、
町の大通りは、行商の人々で賑わっている。
国土が狭い上に大した資源もなく、財力も軍事力もさほどないない国ではあるが、
様々な国々と交流することで、多くのな情報を手中に収めていた。
内情が貧国とは思えない王宮の中で、派手やかな造りをしている宮殿は、
決してバランスが良いものではないが、
あらゆる国の芸術や調度品で埋め尽くされている。
そのほとんどは、代々この国に生まれた清らかな王女たちが、
政略結婚をしてきたおかげてあった。
同盟を結ぶことにより、戦争を回避したり、経済的支援などを得てきたのである。

今日も、様々な来客で雑踏する謁見の間の中に、
視察目的で訪れていた、まだ国交を交わしていない大国の一団があった。
その中の数人が、謁見の間をはなれて中庭へと向かう。

その場所は、乾燥した砂漠地帯の中にあるとはとても思えないほど美しく、
見事な庭園を前にした彼らの脚が一旦止まる。
彼らは、他愛のない会話をしながら、ゆっくりとした足取りで警備兵の前を通り過ぎる。
辺りから聞こえるのは木々を渡る風と微かな水音。それと小鳥の囀り……。

「噂では耳に致しておりましたが、これほどまでに美しいとは思ってもみませんでした」
「……ああ、そうだな」
と、つまらなそうに相槌を打った男は、ほとんど興味がなさそうな表情をしている。
「ユリアス様。話の調子を合わせて頂き、
恐縮なのですが……できればもう少し感情を入れて頂かないと、
とても共感しているようには思えないのですが」
「無理を言うな、ファティマ。確かに素晴らしい庭園ではあるが、
ユリアス様の興味を引くものじゃないだろ?」
そう、抑揚のない声で問う男は、三十前後といったところであろうか。
琥珀色の瞳は大空を舞う猛禽類を思わせるような
鋭い光を宿している男の名は、イスファン。
誇り高き遊牧民の血を引く彼は、武勇に秀でいる。
彼は、自分の興味のないものには無機質的な感情を露にし、
何処までも冷たくなる男であるが、
一度自分のテリトリーに入れた相手には、心底つくすタイプである。
そういわれて、はぁぁーっと意気消沈するような深い溜息を零したファティマは、
明るい栗毛の髪は少し長めで、
慈愛に溢れているように窺える知的なダークブラウンの瞳をした、
洗練された顔立ちの若者である。
だが、見たくれに騙されてはいけない。
その顔からは想像できない脆弱とは無縁な胸板をしているのだ。
「それに、我が国の庭園の方が造形的にも技術的にも上をいっていると思うが?」
横やりを入れるイスファンを横目に、
「それにしても、銅山、たった一つの採掘権とは……な」
話にならぬ、と不機嫌ぎみな声を露にしたのはユリアスである。
「採掘権だけではないじゃないですか。
美しくて聡明だという噂の王女が輿入れするのですよ?」
「そんなもの、後宮に腐るほどいるであろう」

後宮の姫たちは、敗戦国の生き残りだったり、
人質同然のような形での同盟や、  
政治上の駆け引きを目的としたためなど、理由は色々ある。
けれど、自国が有利になるためにならどんな努力も厭わないという、
損得勘定で動く彼女たちの大半は気が強くて敵わない。
ほぼ日常化している後宮内の争いごとにうんざりさせられているユリアスにとっては、
迷惑極まりないことなのだ。
これ以上の火種を増やしてどうする、と口にしようと思った時だった。
庭園内に、微かな鈴の音が届く。
そのわずか後に続く、
「ルビー?」
何かを探しているような口調な可愛らしい呼び声。

それまで何にも興味を見せなかったユリアスの視線が、
その声に誘われるように流れる。
丁度、木々の間から、小さなウサギが飛び出してくるところだった。
驚いたのは、離れた場所からでもはっきりと分かるウサギの胸に赤く輝く宝石。
あれだけ大きければ、かなりの希少なものであり、高価な物であることは間違いない。
このハリファ王国よりも遥かに富み、
鉱産物にも段違いなイラスーンの国内でも、滅多にお目見えしない類のものだ。
それを惜しげもなく首にしているウサギは、
ぴょんぴょんと楽しそうに飛び回っているのだ。
十中八九、間違いなく王族のペットなのであろう。
自国の王城や後宮内でもありえないその光景に、
飼い主を見てみたい衝動に駆られたユリアスの口が開く。
「イスファン、あれを捕らえろ」
主に命を受けた、顔に傷跡のある体格のよい男が機敏に動く。
彼にとっては、たかが一匹のウサギを捕らえることなど、雑作もないことだった。
あっという間に捕らえた、あどけない顔をしたウサギをユリアスに差し出す。
胸に輝く赤い石は、やはり、あの『ピジョンブラッド』であった。

「ルビー、ルビー??」 

そう呼びかける声音は、先ほどよりもかなり不安げなものに変わっている。
と、木立の隙間から黒いヴェールを被った女が現れた。
ウサギを探している女は、没頭するように草むらを必至に覗き込み、
ユリアスたちの存在に気づきそうもにない。
ユリアスは、華やかな宮殿で見かけた女たちは皆一様に、
白やオレンジやピンクなどの明るい色のヴェールを被っていたことを思い出していた。
自国の着飾る後宮でも、喪中以外で黒いものを着用する姫を見た例がない。
そして、眼下のヴェールの隙間から覗く女のドレスは鮮やかなラベンダー色をしている。
しかもその裾は、たっぷりと贅沢な金糸のレースで縁取られているではないか。
ふと、さきほど広間で耳にしたことを思い出した。
ハリファの王女は、婚姻するまで、その姿を異性には見せないのだと。
(……王家のものか?)
鈴の音をシャンシャンと鳴らせるその人物に、
何故か興奮しそうになる感情を抑制しながら、ユリアスは静かに声をかけた。

「探しているのは、このウサギのことか?」

ゆっくりと振り返るようにして顔を上げた女は、
俺を真っ直ぐ見つめたまま、ピタリと動きを止めた。
ヴェールに隔てられた表情や容姿は、はっきりとは分からない。

―――なのに、だ。
誘惑されているように思えてしまうその視線に、ユリアスの身体が甘く疼く。


〜To be continued〜

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Fate 8
- 2008/03/21(Fri) -
ふつふつと湧き起こった熱は、急速に上昇していく。

(一体、どうしたというのだ?)

女と接することなど、幼い時分より慣れているはずだ。
なのに……俺は今、初めて会ったばかりの女に興奮しているのだ。
あろうことか、欲望を孕んだ激しい衝動に突き動かされそうになっていることに、
自分でも驚いていた。
強引にでも貪りつきたくなるのを、
ぐっと奥歯を噛み締めてやり過ごし、目の前の女に再度、問う。
「違うのか……?」
するとハッとしたかのように身体がピクリと反応し、
女の視線がゆっくりと俺の腕の中にいるウサギに移る。
「いえ。その、……ウ、サギです」
言葉切れ切れに、そう答えた女の身体が、
その場に崩れ落ちそうになり、俺は咄嗟に抱きとめた。
そして、その細い腰を力強く抱き寄せた瞬間、
「ゃ……ぁっ」
甘く濡れた吐息が零れた。
欲情しているのが明らかに自分だけではないと、
密着した腰の間の違和感が語っていた。
男なのか、と一瞬、驚いた俺の口角が楽しそうに吊りあがる。
(…………面白い)
そう思った俺は、腕の中の役目を果たして物体化したものを、
傍らに控えていたイスファンへと放った。


―――あれは、半月前のことになる。
その日の会議は、いつにになく重要なものばかりで、重たい空気が漂っていた。
やっと最後の議事も終わり、
立ち上がろうとした時、末端に座っていた者が挙手したのだ。
それが、ハリファ王国から申請された、今回の同盟の話である。
それは偶然だったのか、それとも必然だったのであろうか。
本来なら、自らが動くことなど必要のない件ではあった。
だが我侭で、強欲な寵姫たちの相手にうんざりしかけていた俺は、
気晴らしにと、この国へ足を運ぶことにしたのだ。
―――それが、どうだ?
まさかこんなところに、幼い時分に聞かされ、密かに欲していたモノがあるとは、
露ほどにも思っていなかった俺が、
(なんたる強運!……神の采配か)
と、歓喜に打ち震えようとしていた時だった。

「「マディーナ様―――!」」

遠方から、バタバタと走り寄る足音と共に、高揚感が一気に失せる。
「チッ」
(……忌ま忌ましい)

しかも、恰幅のいい体躯をした男が、強引に俺の腕の中から奪い取っていったのだ。
(この男、どうしてくれよう)
これが我が王国の領土内なら、即刻、切り倒してやるところだ。
だが、そうもいかないため、煮えくり返るような気持ちを、
目前の男に向けることで相殺させるも、ことごとく、俺の努力を打ち破ってくれるのだ。
本当に虫の好かない男だ。
でも、まあ良い。

―――賽は投げられたのだから。


〜To be continued〜

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Fate 9
- 2008/03/21(Fri) -
(……筋肉の薄い、柔らかな身体)
抱き寄せた腰は、力を加えれば折れてしまいそうに細く感じた。
(ヴェール越しに零れた熱い吐息と、甘い声……)
直にこの手で触れたら、どのような嬌声を上げるのだろうか。
(……欲しいな)
今まで自ら欲したものなど、一度たりともなかった。
もちろんそれは、望まなくても必要なものは全て自分の回りにあり、
望む必要性がなかったということもあるが、今は、無性に欲しいと思う。
あの柔らかな身体も、声も、そしてあの吐息さえも……。
その全てを自分のものにしたい、そう切望するユリアスの紺碧の双眼は、
飢えた猛獣のようにギラついていた。
  
先ほどの一件の所為で、警備の者が多少増えたのは致し方ない。
そう思いながら、
放射状に枝分かれした小径を北に進み、庭園を半分ぐらい戻った頃。
一旦足を止め、慎重に辺りを伺ったユリアスは、傍らの一人の名を口にした。

「ファティマ」
「はっ」
呼ばれた優美な男は、透かさず膝を折り、耳をそばだてる。
「極秘で、マディーナ王女の行方を調べさせろ」
「…………は?」
一瞬、何を言われたのか分からなかったファティマは、
わずかに首を傾げたまま、間抜けな声を漏らした。

「あの者は、王女ではない」

告げられた言葉に、ユリアスの傍らにいた、二人の男たちの表情が硬くなっていく。
同盟の話が持ち上げられている今、
王女が替え玉だったとなれば、ことは大事になりうるのだ。
もし仮に、偽者だとは知らずに誰かも分からぬ者を王室招き入れ上、
あまつさえ、子供が出来ようものなら……。
我々は、ハリファの血が流れていない子に継承権を与えることにもなる。
もちろん、姿を隠すという伝統のある国と婚姻を結ぶということは、
そういうリスクも念頭に置かなければならないのも事実である。
でもそれは、逆に言えば、
それだけ相手の国を信じるという信頼関係が成り立つというものだ。
それはさて置き、今回、ユリアス本人にその気がなく、
婚姻の申し出を断ったとしても、同盟の話には、
割と乗り気だったこちら側としては、裏切られ、小国に揶揄されたことには変わらない。
もっとも、あのユリアスがこの件を黙って見過ごすとは思えないが、
百歩譲って大事にする必要はないと思ったとしよう。
イラスーン王国の上層部の中には、先代の王から使えている、
少々頭の硬い融通の利かない年配も多いのだ。
彼らが皆、団結でもすれば、
いくら王とはいえ、説得を施すのも、反対を貫くのも至難であろう。
下手をすれば、国を巻き込んだ戦いにさえなるのだ。

そう思った時、ファティマの頭の隅に疑問が生じる。
あの時の小柄な女性は、
黒いヴェールを被っていたので、はっきりとした顔は分からなかったのだ。
いや、それ以前に……
王女の容姿すら知らないのに、何故偽者だと判断できたのだろうか。

「失礼ですが、何故そう思われたので?」
不思議に思ったファティマの問いに、返されたのは思ってもみない答えだった。


〜To be continued〜

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